ハノンという教材があります。
本名アノン。
日本では
ハノン
という名前ですね。
この教材は必ずと言っていいほど使われる非常に重要かつポピュラーなものです。
私の所のレッスンでも、基礎コース以上の方は必修科目として取り扱ってます。
初期レッスンでは、楽曲を弾きこなすより先に、このハノンなどを使った基礎基本のテクニック&フォームの訓練をし、マスターする事が非常に重要です。
それはのちのピアノ人生に大きな影響があるからです。
もし、小さなお子さんが無理に名曲・大曲を演奏できたとしても、手が小さいので独特のフォームになりますよね。
その場合、本人の体や手の成長と共に、演奏スタイルや手の使い方を変更・修正していかなければなりません。
たとえその時名曲が弾けていても、のちのち弾きにくくなったり、小さい頃に身に付けた小さい手向けのフォームが大人用のフォームに直せなくなったり・・と、やっかいな事態に陥るケースが多いです。
最近の話ではありませんが、以前こんなことがありました。
ある日私は、他のお教室でレッスンをして来られた方のレッスンを担当することになりました。
その生徒さんは小学校低学年で、「ピアノのお稽古に非常に力を入れてます!」との事だったので、私もそのつもりでレッスンを始めました。
なにはともあれ、まずその生徒さんの現状を知らないと指導プランが立たないので、手始めにハノンを弾いてもらう事に。すると・・・
手の形が明らかにおかしい。
特に親指の使い方が素人そのもの。
体や腕、手首などのフォームも全く不自然で。
確認すると、ハノンは子供向けの1オクターブで折り返す教材で練習していて、スケールもアルペッジオももちろんやっていなかったそう。
ピアノのお稽古に力を入れています!というはずなのに・・・
おかしいなと思いつつも、次は勉強していた楽曲を弾いてもらいました。
すると・・・
いきなりショパンの子犬のワルツを演奏し出しました。
しかも、そのままのぎこちないフォームでものすごいスピード!!!
(≧◇≦)エーーー!
そのフォームで演奏できるって逆に凄いという驚きと、こんな状況のままで先生がフォームに関してご指導くださらなかったのかな?という驚きとが入り混じって言葉を失ってしまいました。
必死に衝撃を抑え、本人とお母様にフォームに関しての指導があったのか尋ねたところ、「まだ小さいから弾けるように弾いてOK!」というような指導方針だったということで、ふむふむ、それも確かにそうだ、と思いました。
小さいお子さんの場合、指の骨や関節がまだ成長途中のため、無理にフォームを矯正しすぎると指の形が必要以上に変形してしまうケースがあるので、それは仕方が無い事だと思います。
しかし、ではなぜその状況で無理矢理に子犬のワルツを選曲?と不思議に思い尋ねると、「複数教室で集合して発表会があり、各教室の代表者が演奏するという事があって、その時に代表者に選ばれこの曲になった」とのこと。
もっと詳しく聞いていくと、どうやらお母様が以前ピアノを習っていた経緯があり、子供にどうしても代表として演奏してほしくて、本人にとってまだ難しいはずの曲をお母様が選び、先生にお願いしたようでした。
勝手な想像ですが、おそらく以前ご指導いただいていた先生は、非常に悩まれたと思います。
だってまだ基礎的なレッスンが進行していないのに、子犬のワルツですよ。
でも、お母様のどうしてものお願い・・・。
かわいそうなのは生徒本人です。
お母様の期待に答えようと必死に演奏しているせいで、肩に無理な力が入り、腕や手首もガチガチ。
手首は下がり、指先はオルガン演奏をしているかのよう。黒鍵を押さえる指のある場所で毎回体がぐにゃっとおかしな姿勢になる。。。
しかし、お母様はお子さんが以前より格段にレベルが上の曲を演奏できて、上手になったと満面の笑み。
生徒さん本人を見ると、それはもう、アルプス登山の頂上付近くらい酸素が薄いかのような決死の表情。。
あぁ、、なんてことだ!!
以前の先生も、お母様も、悪気は無く、
きっと生徒さん本人をそれぞれに思ってこうなっているのかと思うと、
やるせない気持ちでいっぱいになりました。
その後、ハノンを使ってもっと基礎基本を身に付ける重要性を理解していただき、レッスンがスタートしました。
しかし、やはりお母様の「名曲を弾く」=「成長している」という判断基準は一向に変わりません。
「○○ちゃんはもう○○を演奏している!小さいのに凄いねぇ~~!」というような言葉をお子さんに投げかけています。
だ・だめだ・・・
私はお母様にどう説明したらいいのか、わからなくなりました。
後日、私は自分自身の母にこの事を尋ねてみました。
母は私を育てる時どうだったのかな、と。
するとこんな返事が・・・
「そんなの普通じゃない?だってピアノのこと、よくわからないんだから仕方が無いでしょ。」
ふむ。
なんだか解決になっていないがまぁ、そうなのか、仕方の無い事なのか。
妙に納得してしまいました。
そして私もこの母の子なんだと思いました。
子供ってやっぱり母親の言葉は理由無く素直に受け止めてしまうものですよね![]()