1015年1月29日
パパへ
聞いててね…。
久しぶりの我が家。
パパも嬉しそうだった。
二人の話には「細く長く」の言葉がよく出た。
いつも心底思った。
退院して10日後、外科を受診した。
先生も、ゆっくり過ごして下さいね。と。
ただ、再発防止の為、TS1と言う、経口の飲み薬を処方された。
抗がん剤だった。
入院せずに済んだので、私は良かった。
4週続けて服薬し、2週休薬を3クールした。
飲んでる間は味覚が無くなり、食欲が出ず、脱毛始まり、顔が日焼けしたように黒くなった。倦怠感もあった。
でも、パパは私が仕事に行っている間、大きな公園に車で行き、1時間ウォーキングを日課にして頑張った。
完治するために…。
2週間の休薬中は味覚も多少戻り、薬の量も減るので、
過ごしやすそうだった。
出来るだけ、この2週間の間に、二人の温泉旅行をするようになった。
幸せだった。
このままパパが元気になって、仕事復帰出来ますように…と(笑)。
2月末の受診で血液検査をすると、CA19-9の数値が37標準のところ、42だった。
まだ、大丈夫。こんな事もあるさ!と。
2週間後の受診では、確定したように、再発と言われた。
CTにも腹部造影にも癌が顔を出した。
パパのショックは伝わった。
最後の残されているイリノテカンの抗がん剤を入院して受ける事になった。
口内炎や脱毛や…。
免疫力が落ちているんだと思う。抗がん剤を打つたびによくなるどころか、体はどんどん悪くなっていった。
ca19-9の値も5月末には398になった。
抗がん剤の効き目はもぅ無かった。
すべて標準治療では、お手上げの状態です。と伝えられた。
パパはあと何年ぐらいかと余命を聞いた。
主治医はもって、1、2年。
その間に何があるかわかりませんが。と…。
家に帰って、パパは泣いた。
抱き合って、私も泣いた。
私の背中をトントンと叩きながら、返って慰められたような…。
ほんとは思いっきり泣いて欲しかった…。
パパは思いっきり泣かなかった。
あとは癌が見つかった時に考えた自由診療の免疫化学療法だった。
もぅ、やってみるしかない。
お金は大丈夫か?聞いてきた。
大丈夫‼と背中を押した。
圭もゆかりも、
後悔するよりやってみよう。と…。
お金がなくなったら、俺が働いて返すから、
借金してでもやってみようって。
いつの間にか、成長した姿が嬉しかった。
パパ自ら、免疫化学療法の病院に電話した。
続く…。