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2015年1月31日

パパへ

聞いててね…。

県立病院から病院を変えたので
主治医も変わる事になった。

6月始めに大阪の免疫化学療法の病院で、院長のカウンセリングがあった。
治る期待をパパににおわせた。
頑張りましょう‼っと、自信有りげに…。

パパも私も、治る期待をもって、
治療をお願いした。

さっそく、3時間ほどかけて、血液を取り出し、必要な細胞を取り、また血液を体に戻すと言う事をした。

採取している間に、医者から呼ばれ、パパの体は厳しい状況だと言われた。

でも、パパはその言葉と正反対に
治るかもしれないと期待していたに違いない。

私は逃げ出したいくらい複雑な心境だった。
この高額な医療費は、治療出来ると言う、パパの精神安定剤のようなものだった。

採取したその細胞を免疫力を増強させ、2週間に1回、樹状細胞と言う治療で、体の中に投与した。

並行して、標準治療の範囲のアービタックスと言う抗がん剤もやった。
発疹がひどかった。
毎日全身、処方された薬を塗り込んだ。
早く元の体に戻って。って願いながら。

温熱療法も毎週やった。
癌は熱に弱いから癌が消えて行くかもと期待した。

効果は樹状細胞4回1クール終わったあとにわかるらしいが、CTとっても、癌は増える一方。

高額な治療費は何だったの?
だから、まだ認可されないんだと思った。
樹状細胞が何なの!温熱療法がどうなの‼…
あの時の…厳しい状況です。と言われた言葉を思い出すたび、怒りが込み上げた。

医者はこっちが逃げない限り、打ち続ける。

パパにとっては治療しているんだから、死ぬはずがない!と思っていたと思う。

その気持ちがわかるから、効かないのに止めよう‼って、私も言えなかった…。
パパを騙したような…。

この時点でも、パパの体は癌にむしばまわれていた。

まだ、医者はこれでもか…と
大腸癌に良く効く薬が出来ています。と言われ、また、期待させた。

スチバーガーと言う抗がん剤だった。
これは最悪だった。

スチバーガーを始めてから、みるみる弱った。
声枯れもひどく、聞こえづらくなった。

肝機能の数値が上がり、休薬した。

これが、死に関わる副作用なんだと…これも、あとで思った。

今、思う事は、毒みたいな抗がん剤を受ける前に、免疫化学療法をする方がまだ、良かったのかもしれない。
でも、簡単に踏み切れない事だと、今でも思う。

進行癌になって、そんな都合の良い治療はまだこの世には無いと思った。

藁をもすがる‼って、この状況を言うのだと思う。


続く…。