こんばんは
藤本美奈です


私の母親は、私の次女が生まれてすぐの8年ほど前に、一人沖縄県の石垣島へ移住してしまいました。
2度目の離婚をしていましたし。
ダイビングのインストラクターをやっていたので、石垣島の海の魅力に惹かれて。
まだ、弟も妹も結婚していないですし、私も子供が小さいのに遠くに行ってしまう事、本当は反対したかったです。
私は小さい頃から、母親に意見を言う事は許されていないと思っていたので、(それについては過去のブログに綴っています)心の中では「なんて自分勝手な」なんて思っていましたがそんな事は言えず。
母親は行ってしまいました。
母親が近くにいない事、どんなに嫌だったか。
息子を妊娠して、他のママ達が母親と検診に来ているのを見て羨ましいと思ったり。
息子の出産入院中は義両親に来ていただきましたが、退院の日に帰られたので、その日から家事も上の2人の保育園の送迎なども普通に私がやりました。
無理をしたせいか、息子を出産してからとても疲れやすくなってしまいました。
今回の出産の入院中には、事情により義両親に来てもらえる状況でなく、私の母親にもお願いできないので、パパとやりくりしなければなりません。
パパの仕事は歩合制ですので、何日も休めません。
そこで、今回は融通が効く助産院での出産を希望しました。
しかし。
これまで前置胎盤と言われていて、通常分娩ができないので、希望していた助産院での出産の許可がおりなかったのですが。
やっと、数日前に助産院での出産の許可がおりました。
検診に通っていたのは「わたしがあなたを選びました」の鮫島先生の病院です。
助産院での出産ができなければ、ここで出産をしたかったのです。
中絶はしないという鮫島先生の考え方にも賛同できますし、
鮫島先生のリーブ法母親学級にも通っています。
出産まであと1ヶ月ほどになりましたが、ギリギリまで出産場所が決まらずにいたという事です。
母親が近くにいれば、出産入院中に子供達をお願いできるのに。
入院日数なんて気にしなくて済むのに。
そしたら助産院ではなく、鮫島先生の病院で出産ができるのに。
助産院での出産で何かあった時には、また違う病院へ搬送されてしまうのです。
母親さえ近くにいてくれれば。。
私が助産院で出産したいというのは、他の方が助産院で出産したいというのと、事情が違うんですね。
お腹の子が悪いわけではないのに。
ギリギリまで出産について決まらないモヤモヤ。
どうにもならない苛立ち。
そんな事を思うと泣けてきました。
それは、これまでの子供達が生まれてからの、私の働き方にもつながってきます。
母親さえ近くにいて、子供達に何かあった時にお願いできる環境だったら、どんなに良かった事か。
そしたら、もっと仕事をして稼げるのに。
小さい子供がいるという理由で、こんなにやりたくない嫌な仕事までやらなくて済むのに。
おばあちゃんが保育園のお迎えにきている家庭を羨ましく思ったりしていました。
でも、母親や環境のせいにしても、どうにもならないのですよね。
子供達に何かあった時に頼れる人が近くにいない事で、ママが働くというのは、どんなに大変な事だかわかりましたし、ママが稼ぐためにはどうしたら良いかを考える事にも繋がりました。
稼ぐ方法を探すきっかけにもなりました。
結果これで良かったんだなと、今なら思えます。
今ある環境に感謝するということ、理屈ではわかっていても、することができませんでした。
自分らしく生きる事で、感謝できる自分でいられるのかなと思います。
そんな母親を選んだのも私のようですね。
藤本 美奈
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