愛しさと切なさと・・・の真似をしてみた、かきょんです(笑)

こんばんは。

 

仕事であることを言われ、かちーん!と来た私。

しかし、一瞬後には怒りをあらわにした自分を極度に恥ずかしく思いました。

 

そこから、気持ちの軸がぶれるぶれる。

 

 

その言葉を言ってくれた先輩に、

「○○ということがあったから、○○をしています」と伝えました。

先輩も、「△△があったから、△△の方が良いのかと思ってね」と教えてくれました。

 

 

ま〜、自分が恥ずかしい!!!!!笑い泣き笑い泣き笑い泣き

自分のこだわりと言ったらカッコいいけど、他人への思いやりに欠けた行動だった。

 

 

知らないうちに心が固くなっている。

もちろん、日々の体調などによって多少の変化が起こるのはズレの範囲内。

 

あとね、かちーんと怒りが出てきたのは。

やはり、自分の過去の傷(と思っているもの)に触れてしまったのかなと思ったの。

傷と言ったら、まるで自分が被害者のようになってしまうから違うんだけれど。

 

 

ただ単に言われただけだったとしても、

上から意思を押さえつけられる→自分のやり方を否定された→自分の存在を否定された

という方程式がごっっそり出てきているんですね。

 

 

 

私はいらない存在である

 

 

 

この言葉が自分にとってどんなに身を滅ぼすか。

これに触れてしまうと怒りが爆発的に起こって膝がガクガク震えだす。

 

 

それは自分が自分を押さえつけるために使った道具であるだけ。

 

 

自分が使ってしまったんだから、自分でとれるはず。

 

 

 

まだそこまでは、行動できてない。

 

けれど、気付いたことが第一歩。

 

 

自分を追いつめる道具に使ってるの、そろそろ辞めない?

こうやって家に帰って冷静になると、わかるんだよね(笑)

 

次元はいつだって上昇出来る。

 

 

それは自分が自分を救うこと。

 

 

自分が、自分を迎えにいくこと。

(あ、涙出そうになった)

 

 

今の未熟な自分の周りにいるモノや人がどんなに自分の成長を助けてくれているのか。

 

最後は、感謝という愛がそこに残る。

 

 

泣きたいときは、泣けばいいのさ。