カンタティモールという映画をご存知でしょうか?
今日、初めて見ましたかきょんです。
世界で起きている出来事を知ること、
そこからどういう行動をとるべきなのか考えること。
今の自分が吸収しようとしている事実と照らし合わすように
映画を見ていました。
自分の中にあるものが外に映し出される。
むしろ、答え合わせをしている。
良くも悪くも。
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そう、嫉妬です。
私には妹がいます。子供が一人います。東京にいます。
母にとっては、子供を産んでいる娘は誇らしいのです。
過去に言われました。
「子供を産まないあんたはおかしい」
それがずっとどこかでひっかかって爆発するのです。
私は親と一緒に住んでいます。
甘ちゃんと言われれば、そうです。
最近、年老いていく親がどんどん小さくなっていく姿を見ます。
自分が成長時代に、母がエネルギッシュだったことが記憶をかすめます。
ある意味、親が日々老いていき小さくなっていく姿を見るのが辛いときがあります。
でも、現実だから受け入れます。
そこからどうすべきか、どうあるべきかを考えるべきであって
過去と比べるものではないと考えているからです。
でも、それを見ていない妹が電話をかけてきて
嬉しそうに妹と話す母にイラッとします。
私の情報は母から妹に全部いっているのに
妹の情報はシャットアウト。知らんでいいと隠されます。
子供もいない、相手もいない私を気遣っているのですが
これが、私への信頼がまったくないととってしまうのですね。
こんなことかきながら、恥ずかしいとともに涙がぼろぼろです。
つまり、自分が信用されていないという条件で生きているということが分かりました。
「あんたも母親になったら分かる」といわれました。
今日、映画を見ながらふと思ったんです。
なんで今まで、結婚したりしようとしなかったのか。
生きている意味がわからなかったのです。
必要とされたことがなかったのです。(大部分は思い込み)
「妹が賢い、あんなはつまらない」といわれ続けた言葉が毒となっているのです。
そんな自分が次の世代への命を育むなんてできません。
私と同じ想いをして欲しくないから。
それでも、気持ちが少しずつ変わってきている今日この頃です。
まだまだ、社会の概念に縛られているのですが。
自分を自分でいじめていた。
その証拠集めを現実で行なっていた。
自分が作っているのに、他人のせいにしてわめいています。
いつになったら優しくなれるのだろうと自分を叩きます。
まだまだだと。
もうやめていいよって本気で思う日はくるから。
生きることがヒカリとなる日まで
出逢いを紡いで自分を見つけていく、思い出していく。
そう、自分がそこに「いる」ことを思い出すだけ。
淡く、切なく、いつもそこに「いた」自分を
思い出せばいい。