昨日しっかり寝たのに、先ほどまで爆睡していたかきょんです。

 

寝る子は育つ♡(違)

 

 

 

自分が成長したなと感じる瞬間がちろっと顔を見せたとき、

 

どんな感覚になりますか?

 

それは幼子を見つけ、ちょっとビックリして不思議になり、

小さかったあの頃の自分が通り過ぎていってしまった瞬間を惜しむような。

 

 

数分たって気付きます。

 

あぁ、あのこは私だったんだって。

 

 

 

今までもセミナーに参加したことはありました。

 

今回のセミナー参加で、そのときの自分が蘇ってきたのです。

 

 

・一人で参加はドキドキ、たどり着けるか、一人浮かないか

・画面の向こうにいた人が、そこにいる高揚感

・一念発起してきたのに、自分がここにいていいのかという不安

・せっかく来たのだから、講師の人と写真をとっておきたい気持ち

 

 

きっかけは参加者からこう声をかけられた時です。

「○○さん(講師の方)と写真をとりたいから、とってもらえますか?」

 

 

ん?

 

 

なんか違う気がしたんです。

だから、モヤモヤしました。

 

と同時にこの言葉を思い出しました。

 

「一番嬉しいのは、どんな小さなものでも成果を出して報告しにきてくれたときが嬉しい」と。

 

 

写真を撮って記念にして”はい終わり”なんてこと、求めてないんだ。

 

 

そう、はっきりと気付きました。

 

 

実際にその現場に自分の足で立ち、雰囲気を感じ取ったから。

なんぼメルマガ読んだって、本当の意味でわかっちゃいなかった。

 

 

自分も、その場こっきりの記念を求めていた。

 

その記念で自分が変わったことになると思い込んでいた。

 

 

その瞬間、瞬間の連続がドラマを作り出す。

 

しかし、ぶちぶちっと途切れた瞬間は本当の意味で自分の心を動かさない。

 

変わらない。

 

修学旅行の集合写真で笑ってた自分と一緒。

 

 

過去のある時点を切り取るだけじゃなくて、

 

その一枚の写真の向こう側へ突き破って道を造っていかねばならないんだ。

 

 

 

そう思えるようになったのは、少しでも自分が成長した証。

 

 

他人を否定するつもりは無い。

 

だって、自分もその中にいたから。

 

 

・・・なんか抽象的だな(笑)

 

 

 

自分が見える世界が少し変わったと気付ける瞬間は、世界が眩しい。

 

 

キラキラ輝いている。

雨上がりの雫に優しい光が反射して踊ってる。

 

 

他の人から見たら1ミリ以下の成長でも、自分の中では世紀の大発見。

 

自分の変化を大いに歓迎しよう!

 

ファンファーレだ!!!

 

 

生きてるって実感するでしょ♡