写真の新作を会社に出さなくていけないのだが、新作がない!パラリン以降の僕の写真でええもんはあまりない。
 心をゆさぶるようなものがあまりない。というか、自分が心を動かしていないからなのかもしれない。それは自分の撮影のフットワークに如実に出ている気がする。慣れというのは怖いもので、一度狙ったものを、また狙ってみようという気があまりしないのだ。
 その行為によって、きっとまだ自分が見ていないシーンを多く撮り逃したと思う。シーンとシーンの隙間にある物語をたくさんこぼしてしまっている気がする。
 
 何かを作っていく行為とはきっとエンドレスなんだと思う。自分がけりをつけれるまで、ぐるぐる繰り返すしかない。先が見えなくて、悶々としていく日々がこれからもずっと続いて行くと思うと、うーんと考え込んでしまう。が、これってみんなが普通に思っていることなんですよね。

 イベントスポーツ写真には正直限界があると思うようになってきました。一定の範囲のなかで行う撮影には限界があります。そのなかで突き詰めていくことは、どれだけ決定的な場面を切り撮れるか。これって確かに難しくて技術や経験が大切だったりしますが、僕はそれが一番大切なものではないと思っています。そして、それを証明するには今はイベントスポーツ外で写真を創らないといけないです。

 本当に次のステップに挑まないといけない時期に来ました。でないと、僕の写真はますますつまらないものになること自信満々です。

 ずっとずっと続く葛藤なら、はやいとこ自分のなかでうまいこと取り込んでいきたいです。

 答えは簡単ですんごく難しい。

 答えは「僕が創りたいもの」そして、難しいことに、それが問題でもあるのだ。自問自答、問と答が共存しているのは、自が泣きまする。