釣りに行きたい。すごく行きたい。。むっちゃ行きたい。。。
 
 暇があるとネットで関東の釣り場はどこなのか探している。アマゴ、イワナの写真を見てにやにやしている。駄目だ、夢にまで出てくる。

 しかも、夢に出てくるやつは半端なくでかいイワナだ。1メートル近くもあるやつ。はっきりいって釣りキチ三平の世界である。そんなん、フライ、テンカラで釣れるのかと真剣に悩んでいる自分が夢の中にいる。これはルアーだなーとか、うーん、このさい手で挑むかとか。

 でも、最後に気づく、今見ている川の風景は50年前の風景でもうこの魚はいないって事を。不思議な夢だ。50年も僕は生きていないし、その川ももちろん知らない。ただ、「あぁ、たった50年間に僕らは君たちを釣り上げ、川そのものを変えたんだ。」と思う。なんか環境的な事で少し罪悪感を抱いて目を覚ます。

 東京に来て思う。本当に自然と呼べる場所から遠いところに居るって事を。生まれ育った場所も大学時代を過ごした場所も、足を少し運べば湿気を帯びた濃密な緑の空気が簡単に吸えた。

 でも、酷な事に東京にも奇麗な空はある。最近映えわたる蒼い空が続いた。あぁ、空が奇麗だなーって思うけど、空ゆえに手が届かないんだ。上にあって横にないから。それがたまらなく切ない。見せしめの放置プレイみたいな。。。。

 本当は釣りがしたいって事が一番じゃないって実は分かっている。ただ、あの濃密な空気を吸いたいって事が一番だということを。それで、そんな空気を吸える場所で釣りを通してはらはらできたら最高って事を。

 今、日本にどれだけ手つかずの自然があるんだろう。人がまだ足を踏み入れた事のない世界はどれだけあるんだろう。きっと、そんな場所に1メートルのイワナがいるんじゃないだろうか。そこは一度だけ入った京都の山奥にある獣の領域みたいなところで、その場所では僕らも人間という動物にすぎない存在にさせてくれる領域のような気がする。

 何もかも裸にされてしまう場所。他の生き物は毛や粘膜で体を覆っているけど、人は何で体を覆えばいいんだろう。そう思うとなんて人間は弱いんだろう。そして、ここではなんといろいろなもので体を覆っているんだろうと思う。覆いすぎて息苦しい。携帯電話の感度はどんどんよくなるけど、こっちの感度がどんどん鈍くなるよ。

 あぁー。こりゃ、一度裸にならないといけないなー。でもここでやったら変質者やからなー。(しないけど。。)

 うん、1メートルのイワナ、手づかみでいきましょう。そんなん釣り上げる自信はない。鰹の一本釣りじゃないんだから。。。普通、糸が切れちまう。

 夢の世界はさておき、実際問題こっちの糸も切れちまううう。。。うぅ、山が恋しいよ。ワレツリガシタイ。。。