帰省
11/19~26まで、たっぷりと実家の家族と過ごした♪
父と海辺を散歩したり、
母とは朝から晩まで話し時には喧嘩したり(笑)、
小さかった甥がチャーハンを作ってくれたり、温かい時間♪
能登丼を食べて蟹もいっぱい食べて、
行きたかったカフェも両親と行けた。
母に携帯のメールのやり方を教える事ができた事、
一緒に病院へ行けた事、
ずっと気になっていた母の部屋の窓掃除ができた事も大満足!
兄や義姉は仕事で忙しいのに、合間の時間に世話をしてくれた。
能登空港には父と兄が迎えに来てくれて
帰りも車で送ってくれた。
母は足の具合が悪くて、残念ながら来ることができなかった。
帰省の間、母が眠る部屋の隣の部屋で私は寝た。
背中や足腰を弱めた母の辛そうな声が毎晩痛々しかった。
搭乗するまで父と兄に見守られた。
私は普通の顔で過ごしたけれど
一人になって着席した途端に涙が出てきて困る…
私は外を見ているフリをして
顔を窓に向けて誤魔化していた。
窓の外はもう真っ暗だったけれど、
それでも窓際の席にしておいて、よかった。
羽田に着いても、帰りの電車でも止まらなかった。
みっともなくて恥ずかしかったけれど、しょうがなかった。

空港に行く前まで作った折り紙の箱。
父と海辺を散歩したり、
母とは朝から晩まで話し時には喧嘩したり(笑)、
小さかった甥がチャーハンを作ってくれたり、温かい時間♪
能登丼を食べて蟹もいっぱい食べて、
行きたかったカフェも両親と行けた。
母に携帯のメールのやり方を教える事ができた事、
一緒に病院へ行けた事、
ずっと気になっていた母の部屋の窓掃除ができた事も大満足!
兄や義姉は仕事で忙しいのに、合間の時間に世話をしてくれた。
能登空港には父と兄が迎えに来てくれて
帰りも車で送ってくれた。
母は足の具合が悪くて、残念ながら来ることができなかった。
帰省の間、母が眠る部屋の隣の部屋で私は寝た。
背中や足腰を弱めた母の辛そうな声が毎晩痛々しかった。
搭乗するまで父と兄に見守られた。
私は普通の顔で過ごしたけれど
一人になって着席した途端に涙が出てきて困る…
私は外を見ているフリをして
顔を窓に向けて誤魔化していた。
窓の外はもう真っ暗だったけれど、
それでも窓際の席にしておいて、よかった。
羽田に着いても、帰りの電車でも止まらなかった。
みっともなくて恥ずかしかったけれど、しょうがなかった。

空港に行く前まで作った折り紙の箱。