「こうしている時間が好き」byフラワーデザインf-conscious -112ページ目

雪の壁

私は雪の深い能登の出身。
今は昔ほど降らなくなったけれど、
小学校の頃など、降った雪と屋根から下ろした雪とで
1階の天井の高さと同じ位まで雪に囲まれ、
室内の窓ガラスからは、雪の壁しか見えないほどだった。

まだ私が小学校1年生ぐらいのある日の朝、
ヤクルトを手にした兄が
「お兄ちゃんがいいこと教えてあげるよ」と
部屋の窓際へ私を呼んだ。

雪の重みであまり開かない窓を、男の子の力で少しだけ開けて、
「ここ(雪の壁)にヤクルト埋めるやろ?
 学校から帰ったらシャーベットになっとるよ」と
にこにこ笑って教えてくれた。

雪の中に!?
わー!
なんだか楽しそう!!

私もすぐにヤクルトを持ってきて、兄が埋めた隣に並べて埋めて登校した。

今でこそ、どんな味の何があっても珍しくないけれど
当時のシャーベットはまだオレンジやメロンといった
オーソドックスな数種類しかなかった時代。

その日は授業中もずっと、ヤクルトが雪の中で
シャーベットになることを考えてワクワクして
学校が終わるのを待ち焦がれた。

・・・待ち焦がれたのに、、、そのわりに記憶はそこで止まっていて、
そんなに楽しみにしたヤクルトの味がどうだったのか、
あの細い口からどうやって食べたのか、なにも覚えていない。

凍ると甘味が薄くなるものだし、期待したわりにイマイチだったとかなのかな・・

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兄と私は6才離れていて、やんちゃな野球少年だった兄と
ぬり絵やリカちゃんが好きな私は、一緒に遊んだことが殆ど無かった。

遊ぶといえば、キャッチボールやプロレスの相手を強引にされるものの
私はイヤでしょうがなくて、父の所へ泣きながら逃げていた。
兄はそんな私を「すぐ泣く!」「トロくてつまらない!」と言い、
「弟ならよかった」と、よくふてくされていた。

そんな私も「お兄ちゃんなんか嫌い。お姉さんならよかった。」
「もっとやさしいお兄さんの妹に生まれたかった。」と、子供心に思っていた。

でも、あの朝は兄はゴキゲンだった。
もしかしたら、ヤクルトが凍るのがうれしかった事よりも、
やさしい兄だったから印象に残ったのかもしれない・・

・・なんて、小さな頃の事を
真っ白の景色を見てふと思い返した、雪の朝です。