律令国(または令制国)と聞いて怪訝な顔をする人も、摂津、大和、武蔵といった昔の国の名前のことだと聞けば、それなら知っていると言うだろう。律令国とは、日本史で習った701年の大宝律令で正式に定められた「日の本六十六国」のこと。律令国なんて歴史的存在と思われているが、そうではない。大宝律令はほとんどが形骸化したが、律令国は実はまだ廃止されていないのである。
明治初年に廃藩置県があり、旧国名は住所表示に使われることは少なくなった。しかし奈良時代以来長年使われてきた律令国は、現代でもさまざまな分野でしぶとく生き続けている。江戸時代の藩の境界は藩主の領地の境界だから、城下町だけが今に残るほかは、原則消えてしまった。それに対し今の府県境は律令国の境界に基づいている所が多いので、まず府県との関わりが密接だ。
自然地理の名称、即ち半島、湾、山脈、川等の名には、律令国が多く使われる。陸奥湾、相模湾、駿河湾、伊勢湾と言うが、青森湾、神奈川湾、静岡湾、三重湾とは言わない。和歌山半島、千葉半島、石川半島、鹿児島半島とは言わず、紀伊半島、房総半島、能登半島、薩摩半島である。越後山脈、飛騨山脈、信濃川、筑後川である。奥羽山脈は陸奥と出羽から一字ずつ取っている。
市町村の名前は全国に同じものが多く、それを区分するのに律令国を前につける。陸前高田、大和高田、安芸高田、豊後高田がその例。大和郡山は福島県郡山市と混同しないため。河内長野も同様。最近は市町村名そのものとしても律令国は人気がある。むつ市、いわき市、出雲市は分かるが、新しい伊豆市、甲斐市、伊予市と言われて、場所の見当がつくのは国名のおかげだ。
鉄道ファンの私は鉄道路線や駅名を覚えるのに忙しいが、この世界でも律令国は大活躍。私が住む神奈川県は武蔵と相模に分かれるが、駅名は武蔵○○というのが実に多い。私の高校のJRの最寄り駅は摂津本山だった。路線名では、上野(こうづけ)と越後を結ぶ上越線、常陸(ひたち)と磐城(いわき)を結ぶ常磐線、磐城と越後を結ぶ磐越線といった具合。挙げていくときりがない。
北海道・東北・沖縄については注釈がいる。北海道が11国に、陸奥(むつ)が陸奥(りくおう)・陸中・陸前・磐城・岩代の5国に、出羽が羽前・羽後の2国に分かれたのは明治2年。この結果66+11+4+1に壱岐・対馬・琉球3国を加え、明治以降は全国85か国となった。明治になってからできた律令国があることを、東北以外の人は意外に知らない。陸中=岩手ではないところがまた面白い。
ご当地ブランドにも律令国は健在だ。讃岐うどんと言うが香川うどんとは言わない。神戸牛あるは但馬(たじま)牛のおかげ。但馬も兵庫県を構成する5律令国の一つだ。最後に長野県民の微妙な心情についても触れたい。長野県=信濃・信州なのだが、長野市など北信地方以外の長野県の人は、「私は信州の生まれです」と言い、「長野県の生まれです」とはめったに言わないのである。