被災していてもこんなに大変だなんて誰も県外の方は思っていないから最近になって震源地だと知って心配して連絡を頂いたりしています。
有難い事です。
私の住む街は海から離れていますので津波の心配はありませんし、案外他よりも被害は少ないです。
この震災に遭ってみて様々な事に気付きました。
家族の大切さも、大切な人も、大切な物も、何が自分にとって必要なのかを本当に思い知らされた事件でした。
かけがえのないものって何だろうって気付かされました。
きっと、それ迄の私は物にも人にもすっごい執着を持っていたのだと思います。
でも、自分の手は二つしかありません。
持ち出せる物も抱えられる物も限られて来ます。
究極の時に本当に脳裏に浮かぶ事こそ、きっとそれが本音なのだと思います。
被災してから、家族ずっと一緒に居ます。
一緒に過ごす時間が増えました。
・・・被災した時の事です。
最初は水道が通っていました。
だから、安心して呑気にしていました。
でも、途中から止まってしまったのです。
何か震災が遭った時、困る事があるとしたらトイレだと思うのですと言ったヨガの先生の言葉がずっと残っていました。
それは私も思っていた事です。
私達のトイレは水洗が主流です。
絶対に特に女性は困ると思います。
被災したらそれは一日で終わる事ではないからです。
以前旅行先で断水に遭ったホテルでのトイレは悲惨な物でした。
断水をしたらあの悲惨な状況が毎日毎日続くのです。
トイレは使用出来なくなります。
衛生面でも大変な事になって行く事でしょう。
こんな時代に川で水を汲む人も沢山居ました。
生活用水としてでしょう。
そして・・・。
こんな状況なので、映画オタクの相方がトイレを掘ってくれました。!!!
「戦争映画で観た事がある!」
と、言い出して、外に穴を掘ってくれたのです。
男は何処でも出来るけれど、女はこういう時に困るだろうと相方は言いました。
私は平気だと言ったらすっごい怒られました(笑)
この相方、実はすっごい凝り症で、穴を掘るだけでなく、
「映画の中ではドラム缶に溜めてそれを焼いていた!」
と言い出して溜める為のバケツが入るだけの穴にしていました。
溜まったら・・・それを焼くのだそうです・・・(溜めるかぃ・・・)
そして、足場を作ったり、家の便座を外して来たり、囲い迄作ってくれました。
更に川の水汲みもしてくれて、どちらでも使用出来る状態にしてくれていたのです。
「こんな時に映画のシーンが役に立った!」
と相方は満足気です。
でも、
「ペーパーを掛ける場所どうしよう・・・」
等と凹んだりしています。
(もういいょ~)
って事迄考えています。
この人何処迄行くんだょ~って感じです(笑)
凹んでいるにも関わらず、ある映画のシーンも思い出しながら、
「ウ○コをする前とした後でどちらに穴を掘るの?」
等と呑気な事を言っています。
・・・でも、簡易トイレも、穴も経験する前に水道は通りました(笑)
相方が居なかったら私も娘も途方に暮れていた事でしょう。
今になって聞けば、相方は呑気な私達をどうやって守って行くのか一生懸命だったみたいです。
男って大変・・・
私達が呑気にしていられるのもきっとこの相方のお蔭なのだと思う震災の出来事でした。
そして、使う事の無かったこのトイレはそのまま記念に(?)取ってあります。
・・・放置とも言います・・・
被災しても、こうして家族が私を笑わせてくれています。
元気でいられるのは私の大切な人が側に居るからだと感謝しています。