反骨精神・・・・出来そこないの上昇日記 -2ページ目

反骨精神・・・・出来そこないの上昇日記

出来そこないが描く日々の日記です。
たまに小説も書きます。
世間とは物事の見方のベクトルがずれているらしいので、こういう考え方の人もいるんだ!と多くの人に思ってもらえたらこのブログを書いている意味があるのかな、って思います。末長く見ていただけたら光栄です。

昨日も書いた水嶋ヒロの小説「KAGEROU」についてもう一つ新着情報がかお

朝のニュースを見る方であったり、ネットでニュースをよく見る方はもう当然のように知ってるかもしれませんが、映画化のオファーが殺到しているとのこと!!


68万部も売れている作品
つまり映画化して仮に同人数の人が見に来るとすれば
68万×1214円(日本映画製作者連盟2009資料より映画料金の平均額)
=8億2千5百5十2万円の収益が見込める作品になるわけです。

ちなみに去年の数値でこの売り上げだとランキング何位になるかというと
ランキング圏外になります↓一番近い数値でいうと『映画クレヨンしんちゃん オタケベ!カスカベ野生王国』の10億円とゼロの焦点の10.1億円がそれにあたります。

これだけ見ると、映画化してもたいした売り上げにならないんじゃないか、と見えますが違う見た方をすると最低でも20億はいく気がしてきます。

去年、品川庄司の品川が書いた『ドロップ』の映画売り上げは19.5億円です。
水嶋ヒロ主演で芸能人が著書ということで共通点が多いので比較対象にはもってこいだと思います。
それでこの『ドロップ』何万部売り上げたかというと30万部前後(コミックを含めれば300万部以上とのこと)ということでした。
たしかに、コミックを含めると比較対象として?な気もしますが、小説だけで単純比較すれば約2倍も売り上げていることになり、つまり、19.5億円×2=39億円の映画の完成になります!
そうなると去年の邦画ランキングでEVAに続く第5位になるわけで映画会社が放っておくわけがありませんえ゛!

それとは別件ですが、ルーキーズの映画って85億円も売り上げがあったことにびっくりしましたぼー
ハリーポッターも80億円突破してました!でも、あまり映画としてよかったとの話はきかないわけで・・・・つまりマーケティングの重要さを再認識した今日この頃でした。


水嶋ヒロの映画化オファーから、日本の映画状況もからめて書いてみました。
もっと、去年の映画売り上げについて見たいビックリマークと言う方はhttp://www.eiren.org/toukei/index.htmlで見れるのでよかったら見てください!では上げ上げ

4ウェハヤ

 僕の家は、多摩川の河川敷沿いにある。約六十坪の土地一杯に家を建てた為庭が無く、道路と家の間がほとんどない。住んでいる場所は郊外なのだが、それでも都会の狭い住宅街を想起させた。外観は、中世ヨーロッパをイメージした造りで屋根は赤レンガ、外壁は優しい肌色を多少古ぼかせた物を使っている。家単体で見たらとても良い家だと思えるだが、周りの日本古来の住宅の中に一件ポツンとあるとどことなく違和感があり、あまり良い家だとは思えなくなってしまう。


 ある日、いつもの帰り道を通って自宅に向かう途中に竹内さくらを見かけた。彼女は、河川敷にぽつんと一人で体育座りのような姿勢で腰かけていた。視線を追ってみると、どうやら川の方をじっと見つめているようだった。僕は、直接彼女と面識があったわけではなかったが、とおるの話していた友人が彼女だということは知っていた。とおるとの会話の後、学内でいろんな人が彼女の噂をしているのを偶然耳にしたからだ。その後、とおると直接話している所も何度も見かけた。とおると話す時の彼女はとても楽しそうで、はじける笑顔がいつも眩しかった。傍から見れば恋人同士に見えてる二人だったが、本人達の間では全くそんな事はなく、ただの友達ということらしい。そのアンバランスさがほほえましく、同時に少し羨ましいといつも思っていた。


 そのようなことを考えながら歩いていると、あと数歩でお互いの位置が重なりそうになった時、さくらと視線が合った。一秒、二秒とお互い視線を動かさず、ただじっと見つめている。お互いの目の焦点が共鳴いし、特別な空間が生まれる。その場には誰も入ることはできず、無音状態が続く。


「ねえ」

さくらが、大きな響く声で話しかけてきた。僕は、体を少しびくつかせながらも平然を保ちながら答える。


「何?」


「いや、何はこっちのセリフなんだけど」

さくらは眉間にしわを寄せ、窺わしいものを見るような目つきでこちらを見ている。


「で、あんた誰?」

さくらは、けだるそうな声で言う。


「僕は、とおるの友達のウェハヤ。君のこと知ってたからつい見てしまって」

僕は言いながらストーカーかと自分に突っ込みを言わざるを得なかった。さくらの表情がより一層険しくなる。


「とおるの友達?ああ、そういえば大学で何回か見た気がする。それで、私のこと知ってるって何を」


「・・・・・・・それは」

自分で話していてまずいことを口にしたと思ったが、既に手遅れだった。さくらの眼はこちらを訝しく突き刺している。僕は、正直に話すしかないと思って覚悟を決めた。力を抜くために深呼吸を二回行う。


「名前は聞いてないよ。ただ、そういう人が友達にいるって話だけ聞いていて、君だってことは大学で誰かが噂しているのを偶然聞いた感じ」

さくらは、話を聞き終えると話の内容を悟ったのかふぅん、と一言だけ呟き川へ視線を戻した。僕は、その場を立ち去ろう歩き出した時、さくらが口を開いた。


「あんたさ・・・・・・とおると仲いいの?」

体を海老のようにそらして顔だけをこっちに向ける。大きな黒い瞳が夕焼けの光と共鳴し、らんらんと輝いていた。


「仲が良いか悪いかって」

僕は、唾を飲み込み何か苦い物をかみつぶしたような表情で続ける。


「それって・・・僕が決めること?」

僕は、平然と抑揚の全くない声で、さくらの眼の奥底をじっと見つめながら言った。そういうとさくらは確かに、と呟き体の向きを元に戻して川を見つめなおした。


「でもさ・・・・・じゃあ、あんたにとって友達ってどんな人よ」

質問なのか、独り言なのかわからない声だった。僕が何も答えず、たださくらの方を見ていると彼女がこちらを向いたので質問だったのだと思って答えることにした。


「・・・・・・二人でいることができれば友達なんじゃないかなと思う。それはその人を認めていることだと思うから」

さくらは、その答えに納得したのか納得してないのかよくわからない表情でふぅんと呟いてまた沈黙が流れた。

 

 その状況が五分くらい続き、僕は家に帰ろうと、歩きだした所でまたさくらが独り言のように呟いた。

「私ととおるって・・・・・友達なのかな」

僕は、はっきり聞き取れていたその言葉を聞き取れなかったふりをして、振り向かずにその場をただ立ち去った。


続く・・・・・。

水嶋ヒロの処女作「KAGEROU」が昨日発売されて、全国の書店で売り切れがでるほどの人気ぶりのようですニコニコ

俺は、立ち読みして内容が良さそうなら買おうと思ってたんだけど、近所の本屋が売り切れだったので今回はやめました・・・・。


とりあえず、amazonのレビューを見ると酷評が目立ちます泣
あれだけ前評判が高かったのでしょうがない気もするけれど、それにしてひどいかなと。

これだけ酷評されると次回作にも黄色信号がともる気がします。



小説は「なくてもいいものだけれど、なければ困るもの」と思いますし、日本の文学のレベルは高いとのことですが(週刊誌の情報なので信憑性はいまいち)需要が少ないので作家業だけで食べていける人はきわめて少ないとのこと。しかし、これから産業というよりは文化や観光で国を支えていく方向にシフトしていくのだから、やはり小説などの文化だけでも食べていける人を増やせる環境づくりも必要なのかな、その為の話題作りとして考えると今回の水嶋ヒロの果たした役割は結構大きなものだったんではないかと思ったわけです。

いかんせん、彼は何を隠そうデビューしたての新人。書店に売られている本達はその道何十年のベテラン達の作品。それを踏まえた上で読んでみて、評価する。その姿勢が大切ではないかとネットの世界を見て思いました。ずん

3竹内さくら


 

私の名前は、竹内さくら。ミカゲ大学2年で、趣味はバスケとギター。好きな食べ物はマカロン。そんな感じの普通の女子大生だ。ただ、一つ他の人と違う所と言えば親が作家だということ。結構有名な人だから誇りでもあるんだけど正直荷が重い。だから、友達にはほとんど言っていないし、あまり知っている人はいないはずなんだけれど、噂というものはどこから広まるのかわからないもので言った人以外にも知れ渡っているようだ。知った所で私は、私以外何者でもないんだけれど言っても誰もわかってくれない。いや、表面上はわかってくれるのだけれど心の中まではわかってくれないと言った方が正しいかもしれない。


 私は、ひとりぼっちだ。表面上の友達は多いけれどそれでも本当に親友と呼べる人はいない。それに近い人でも数えるくらいだ。とおるは、そんな少ない親友に近い人の一人である。


 とおるは、高校の時に同じクラスになったことがきっかけで知り合った。最初は、見た目から弱弱しくてあまり好きなタイプじゃなかった。けれど、話していくうちに芯がしっかりしている面白いやつだということがわかり、今まで付き合いを続けている。付き合いと言っても恋愛の方ではなく、人間関係的な意味でである。もう五年になるけれど恋愛対象として一度も見れたことがなかった。理由は、自分でもわからない。

 

 今からちょうど三ヶ月前、私の通っている大学が話題となった。マスコミが百人単位でどばっと押し寄せ、近所からは迷惑だと野次が飛び、平穏とはかけ離れた状態だった。原因は、ミカゲ大学が入学の基準としている両親の年収が一千万以上の学生しか受験資格が無いこと。それは、法律の誰でも平等に教育を受ける権利に背くのではないか、とか高額所得者しか受けられない教育はおかしい、とか入学時の基準に親の年収は関係ないだとかそのような批判だったと思う。確かに、全部一理あるかもしれない。でも、それならミカゲ大学を受けなきゃいい。いちいち批判までする意味がないと私は思う。直接関係ないんだから気にするなよ。じゃあ、あんたたちはプロ野球選手の年収とかNBA選手の年収とかが高すぎるとか追求するのかよ。しないだろうね、だって関係ないのだから。だったら私達のこともほおっておいてよ。だって、関係ないんだから。

 

 私の父は、作家業以外にもテレビでコメンテイターとしても働いていて、大学についてもコメントを求められる日々が続いていた。そんな父を見るのは正直応えたし、どうしてそこまで仕事を続けるのか私には理解できなかった。

 

 私は、今多摩川の河川敷にいる。映画「ソラニン」で宮崎あおいがギターを弾きながらもしくは今の私みたいに彼氏が死んで放心状態でいる時にいた場所。私も映画の中の彼女も同じような気持ちなのだと思う。きっと彼女も特に理由もなく、何も考えなくていいようにこの場所にきたのだろうから。


この季節の河川敷は、太陽が燦々と照っていても風が強く吹いていて寒さが体に痛々しく突き刺さる。私は、黒のジャケットにヴィヴィアンのマフラー、紺の使い古したジーンズにコンヴァースの白いスニーカーを履いていた。隣からは、サッカーをやっている子供たちの声が響いている。映画にありがちな河川敷でのシーンといえば恋人同士が手をつなぎながら歩くとか、キスするとかロマンチックなものが多いけど、今の私の周りからはそんなことが起こるイメージが全く湧き上がらなかった。きっと、興味がないからなのだろう。言い訳なのかもしれないけれどきっと本心なんだ。人にはその人なりの優先順位があって、それがその人を作りだしていると思う。私の父にとっては、本を書くことがその他の何よりも優先順位が高いように私にとってはパンクの音楽がなにより大切なんだ。今から約三十年前に全盛期を迎えたパンクロック。世の中に蔓延っていた不条理を楽器と声だけを使って変えようとしてた。今考えてみると非常に効率が悪いし、効果もほとんどない無意味な手段だったかもしれない。けれど、彼らは自信を持って言うだろう。意味はあった、と。


最近の人達は、人間らしさが足りなくなってきた気がする。熱血教師とかは私も反対だけれど体内にある強い気持ちみたいなものはいつまでも熱く持つべきだ。もっとも、私もその熱くない最近の人に入るのだけれど。



続く・・・・・。


菅首相が法人税5%引き下げを決定したとのこと。

みんなの党「松田公太」(元タリーズジャパン社長にて創業者)も言っていたけど、何か明確なプランなくして税金の引き下げ、引き上げを行っても意味が無い
まさしくその通りだと思う。

たとえば、他国の企業を誘致して、国としての活性化を取り戻すとして法人税を引き下げるのであれば理にかなっていると思う。でも、諸外国が25%前後なのに対して現在40%の日本が5%引き下げることがどれくらいの何に対するメリットを及ぼすのかイメージが浮かばない。
もちろん国のトップが決めたことなのだから何かしらのメリットを計算して決定したことだとは思うけれどそれならばきちんと世間にたいして発表してほしいと思った昨日。


それとは別に、伊坂幸太郎「デビュー10年新たなる決意」を買ちゃいました。ラブ
伊坂幸太郎が作品を作る際に何を考えて作っているのかかなり詳細に書かれています!!
個人的に気に入ったフレーズがあって、それは「ニヤニヤクスクスするおかしみを、横道に逸れるムダな道草としてではなくて、物語を前に進めるためにも絡めていきたい」
伊坂作品に共通する点を端的に表したフレーズだと思いました。
時間があったらぜひ買って読んでみてくださいかお

2ウェハヤ

 

僕は、常に完璧に生きてきた。何もかも自分のやりたいようにやってきたし、結果もついてきた。小学校の時は水泳で全国JOCジュニアオリンピックカップ水泳競技大会十一歳~十二歳の部で優勝。中学、高校では卓球で全国大会六連覇という文句の言いようがない成績を残した。しかし、それなら何故こんなにも自分の周りに人が集まってこないんだ。


 大学では常に一人で授業を受け、体育でも一緒に運動するパートナーがいない。卓球という僕の力を最大限発揮できる場ですら誰もいない。高校の時なんて周りからうざったいくらい集まってきたのに。


大学二年次、このままでは僕のプライドが許さないと思い、勉強に力を入れ、成績で教授の信用を集めようとして全てA評価を取った。授業にも毎回出席した。しかし、教授からは何のアクションもない。僕は教授に詰め寄った。何で誉めてくれないのか、何で特別な扱いをしてくれないのか、僕は、特別な人間であなたたちの側の人間だと何故誰もわからないのか、と。そうしたら教授たちはそろってこう言った。


「いや、君は一般学生でそれ以上でもそれ以下でもないよ。もっと自分を知った方がいいかもしれないな」


「・・・・・・・・」

僕は、この事をきっかけに周りに理解を求める事を止めた。



今までの考えたを捨て、周りのレベルが低すぎて僕の事を正当に評価できないだけと思うようにした。すると、なんと楽なのだろう。今まで窮屈に思っていた事が全て紙くず同然のように感じる。そうやって、大学生活を過ごしてきたけれど何故だかその日は何か特別な事をしたい気分だった。


その日は倫理学のテストだった。僕にとっては簡単な問題で開始十分で全て時終わった。僕は、さっきまで使っていた黒い万年質を机の上に置き、まだテストを必死に受けている他の学生達を眺めていた。頭をかきながら受けているものや頬杖を突いているもの、もう既に諦めて寝ているものなど僕には到底理解できない人達ばかりでテスト自体より面白かった。そうしてしばらく眺めていると彼が現れた。


彼は、慌てながら僕の隣の席に座った。しかし、テスト用紙を少し見ただけで解答用紙を埋める事はしなかった。しかし、特に焦っていることもなく、自分が何も書けないのがあたかも当然のように振る舞っている。自意識過剰なのか、僕と同じ人種なのか、とも思ったけれどそうでもないらしい。彼の顔からは自意識過剰なやつらが出す独特のオーラみたいなのが感じられない。少しそのようなことを考えていると、僕の手は自然と彼の目の前に問題用紙を差し出していた。彼は、その状況を巧く飲み込めないらしく目を大きく見開き、摩訶不思議なこの状況を必死に理解しようとしている。しかし、状況を飲みこむと僕の解答用紙に書かれた素晴らしき解答を写し始めた。一文字、一文字彼は真剣に僕の解答を見て、そして僕の解答通りに文字を書いていった。


僕は、何とも言えない優越感に浸ってる事を感じていた。ただ自分の書いた文字列を見知らぬやつに見せただけなのにまるで今までの大学生活で積りに積もっていた不満が全て吹き飛んだ気持ちになった。テスト終了後にそいつが話し掛けてきたけれど、別に友達になりたいと思ったわけでもなかったし、話しても時間の無駄になると思ったからすぐに帰った。


家に帰った後、僕の中で何とも言えない満足感は未だ続いていた。けれど、同じことを誰か他の人にまた行おうとは思えなかった。多分、あの状況、彼、と言う条件が重なってこの満足感を生み出していたのだ。そう考えると、あの時話さなかったことは少々勿体ないと思う気もしたけれど、過去に戻る事ができないし考えても無駄だと思ったので寝る事にした。


それから幾日か経過した後、僕はテストの解答を見せた彼に遭遇した。その時、僕は食堂の端で外の風景を眺めながら食堂でカレーを食べていた。もちろん誰かと一緒に食べていたのではなく、一人で食べていた。窓の外には夏に生命の力をみなぎらせた新緑の葉が時間と共に茶色く変化し、残り少ないであろう生命を必死に枝につかまりながら山の冷たい風に耐えている景色が辺り一面に広がっていた。


君は、平然と僕に話しかけてきた。少し話をすると当初思っていた馬鹿なやつとは違い、少々頭の切れる奴だった。暇つぶしにはなるかもしれないと思い、その日は君に付き合うことにした。


君とはいろいろな話をした。アリストテレス、カント、シェークスピアその他にも数学の理論や今後の日本についての展望など普段一般的な大学生が話すようなことではない様な話を永遠と。大学生になってから価値観の合うやつなんて誰もいなった。周りは遊ぶこと、単位をいかにして楽に取るかということしか考えていないような連中ばかりで話す気にもなれなかった。しかし、君は違った。君は、僕の考え方を理解してくれた上で僕が想像できない様な新たな価値観を提供してくれた。それは、とてもファンタスティックで情熱的な体験だった。高度な知識と知識の融合は、世の中に充ち溢れているどんな遊びよりも僕にとって興味をそそられる遊びだった。


それから一週間後、僕ととおるは一緒に下校していた。近所の住人から白い目で見られることに入学当初は嫌悪感があったが、大学三年次にもなると自然と気にならなくなっていた。


「とおるは、この大学についてどう思う」


「・・・・・この頃マスコミが騒いでる事についてってこと?」

とおるは眉間にしわを寄せて言った。


「そう、なんか色々騒がしくなってるじゃん。あれってどうなのかなって思って」

そう僕が言うととおるの表情がさらに厳しくなった。まるで渋柿を誤って食べてしまったような、でもそこには確かに怒りも垣間見えている。


「もしかして、何か気に障った?」

僕は、今にもかすれそうな声で似合わないセリフを吐く。すると、とおるは、いつもの自然な表情に戻りこちらを向いてこう言った。


「いや、そういうわけじゃないんだけど・・・・・」

とおるは、唇をかみしめその場に立ち止まった。僕もそれに合わせて立ち止まる。真夜中独特の静けさのような沈黙の空間が天から舞い降りたようだった。どちらから話しかける事無く数分が過ぎた。それから少ししてようやくとおるの唇が静かな乾燥した音を立てながら動いた。緊張していたからなのか、乾燥している環境のせいなのか分からないが、とおるの唇は少し荒れている。


「あの事件で良く出てくるコメンテイターいるだろ。作家の」


「ベストセラー出してるあの作家?」


「・・・・・そう」

あの作家が書いた本だったら僕も何度も読んだことがあった。推理ものを中心とし、的確な心理状態を描くのがとても巧く、人気に実力が追いついてる数少ない作家だ。しかし、あの有名作家がコメントテイターとしてテレビに出演する回数が増えたからと言って何が問題になるのだろうか。その関係性が僕には全くわからなかった。そう考えている間にもまた沈黙が流れる。僕がその沈黙を打ち破ろうとしたのとほぼ同時にとおるが口を開いた。


「親なんだ」


「え?」

僕は、反射的に聞き返してしまう。


「親っていっても僕のじゃなくて友達のなんだけどね」

とおるは苦笑を浮かべながら答えた。とおるがゆっくりと歩きだしたので僕もそれに合わせた。


「僕の友達に中学から付き合いがある女の子がいるんだけど、あの作家は、そいつの親なんだ。それでそいつもこの大学に入っているから結構辛い思いしてるみたいでさ。あんま知ってる人いないから噂が広がっているとかじゃないんだけど、内心を考えると少し辛くて」

さっきまでの表情がより一層渋り、重々しい空気が流れた。僕は、それに対して自分の意見を言うべきか迷っていた。今までだったら周りの事を考えずに自分に関係ないことを考えてもしょうがなくないか、とオブラート等に全く包まず言っていただろう。でも、今はそのような言い方をするべきではない気がする。それは、今までの二十年間を冷静に分析して考えてみても、今まで生きてきた僕のあり方に反すると思うし、僕では無くなるのかもしれない。それでも、最大限に肯定したとしても言うべきではないと心の奥のほんのヒトカケラが声にならない叫びを続けているような気がしてならなかった。


「それは心配だね」

今度はしっかりと心の奥から言った。自分の思っていることを言葉に乗せてはっきりと発言する。


「ありがとう」

とおるは今にも消えそうな線の細い声で言った。僕を安心させようと笑顔を作っているのが痛々しくて僕は彼から顔をそむけた。それを感じ取ったのかとおるが続けて言う。


「僕が心配しても何も変わらないのはわかってるんだ。でも、やっぱり気になっちゃって。そんなこと言ってて自分が体壊したら本末転倒だよね」

冗談を言ったつもりなのか話終わった後に笑顔になったが、ここでもとおるは作り笑いを浮かべて本当の笑いを浮かべる事ができていなかった。そしてすぐに下を向いてしまった。とおるにとってその友人は誰にも変えられない大切な存在ということが否応なしに伝わってくる。そんな彼女に少し嫉妬しつつもとおるの痛みを少しでも和らげたいという気持ちが僕の中で強くなった。これが友情っていう気持ちなのだろうか。僕は自然ととおるの左肩を二回ぽんっ、ぽんっ、と強めに叩き、とおるがこっちを向いた時に精いっぱいの笑顔をした。とおるがこっちを見て涙がこぼれそうなのを見ると僕もつられて泣きそうになった。

 その後、僕たちはそれぞれの家の分かれ道まで一言もしゃべらず、しかし心で会話しながら歩いて行った。




続く・・・・・。




人生を仕事=他人に対する評価指標とみるか

人生=自分のために生きるのか


その問題は一生つきまとう問題だと思う。





やっぱり他人といる時は仕事って考えて

一人でネットとか、何かしら行動している時(厳密にいえば一人の空間というのはほとんどないんだけれど)は自分のために生きるのが正解なのかなって思ったりするわけで、、、、、。




おととい、昨日と箱根に行ってきてそばを二日連続食べたんだけど、なんで観光地のそばってあんなに高いんだろう。二日とも1200円、そしてそれを普通に食べる観光客。

普段なら箱根そば(笑)で300円くらいのたべてるんだけどそれの4倍を普通に払うっておかしいよね?

観光地はシーズン以外は収益がないからそれを補うって考えればまあおかしくはないんだろうけれど

それでも何かおかしさを感じてしまったこの旅行でした。

観光地って土地代高いのかな?軽井沢は高かった気がするけれど箱根はあまり高いイメージがない。

もし、土地代が安いのなら薄利多売システムも通用するわけで、それも箱根における新たなビジネスモデルとして通用するかもしれない(箱根の観光団体とかいろいろな方の利権が係わっているだろうからそんな簡単にはいかないと思うのだけれど)



話は180度変わるけど、確かに観光地における飲食、お土産屋はなくては観光自体がつまらなくなってしまうので利益率が半端なく高くてもあってほしい。

もともと商売は買い手と売り手が価値を認め合うところから始まったものだから値段に関して明確なルールなどないわけで、、、、、、。


そう考えると明朗会計なんかやめて買い手と売り手のその場その場の会計なんかがベストなんじゃないかって思ったりするんだよね。今は家電とかいろんな所でよくわかないそのば値切りが流行しているわけだし。




顧客に対して、もっといえば自分の係わる全ての人に対して正しい価値を提供するって考えている以上に難しいことなんだって再認識した今この頃・・・。



では、また明日ラブ上げ上げ


 平成三十三年四月、僕は、晴れて大学を卒業することになった。周りには一緒に研究を続けてきた仲間やサークルの仲間がいて、盛り上がりながら卒業式を満喫している。あのぼろ小屋のオアシスともお別れだと思うと少し感慨深いものがあった。

 しかし、こうした盛り上がりの中にウェハヤの姿はなかった。ウェハヤはあれから数ヶ月経った後、当然と姿を消してしまったのだ。最初の数週間はインフルエンザにでも罹ったのではないかと心配して携帯に電話をかけてみたのだけれど、彼と連絡を取ることはできなかった。それから二カ月、半年と経過しても彼から連絡が来ることはなかった。僕が知っている彼の情報は携帯電話の番号とメールアドレスくらいであり、彼がどこに住んでいて、どんな生活を送ってきて、どんな友人と遊んできて、どんな恋愛をしてきたのか、僕は全く知らなかった。大学の職員にどこに住んでいるのか訪ねたが、プライバシーの問題でお答えできません、と軽くあしらわれてしまった。僕にはこれ以上どうする事もできず、彼のいない生活を日々過ごしていくしかなかった。そうして迎えた卒業式だった。しかし、もちろん彼の姿はそこにはいない。僕の友人の中で彼の事を知っている人は誰もいなかった。

「何深刻そうな顔してんの」
声がした方に視線を向けるとさくらが不思議な物でも見るような表情でこちらを見ていた。
 竹内さくら、僕と同じ高校の出身でゼミナールが同じという事もあって一番仲の良い女友達だった。性格がボーイッシュなこともあり、時々生意気なことを言うが、そのボーイッシュな性格と少しばかり可愛い顔をしているせいか憎めない人だ。しかし、自分でもわからないけれど恋愛感情が湧いた事は一度もなかった。
「なんでもないよ。それよりさくらは何でここにいるの」
いきなり声をかけられたこともあり、少し上ずった声になってしまった。さくらがくすくすと笑いながら話を続ける。
「私は、さっきまで向かい側の体育館入り口でサークル友達と打ち上げの話をしてたの。そしたらあんたが腐った魚のような表情してたからきたってわけ」

「ばかっ、誰が腐った魚だよ」

「お前だよ。ほらほら、もっと目を輝かせなさい。こっちまでテンション下がるわ」
そう言うとさくらは僕の頬を両手で掴みながらおもいっきり左右に引っ張った。

「ばか、やふぇろよ。いふぇえよ」
さくらは、引っ張り終えると満面の笑みを浮かべてほらっ、少しは目が輝いたでしょ、と言いながらサークルの仲間の方へ走って行った。
 
 相変わらずだな、と心の中で呟き、少し気が楽になった。自分がどうにもできない事を深く悩んでいてもしょうがない。今、自分でできる事をやろう、と思い直し僕は、ウェハヤを探す事に決めた。
 
 そうは言っても僕には思い当たる節など全くなかった。とりあえず、大学周辺をもう一度隅々まで見て回る事に決めた。この大学は都会の一等地にあり周辺は高級住宅地に囲まれている。そのせいか学費も他の大学と比べて比較にならないほど高く、両親の年収が一千万円以下の人は試験を受ける事さえ許されなかった。

 そういえば以前その制度が倫理上そぐわないと一時期世論で問題となった事があった。マスコミ達も格好のネタに飛びつく形を取りレポーターらしき人が数十人大学に押し寄せる日々が一カ月ほど続いた。その時に活躍したのがさくらの父親だった。さくらの父親は、ベストセラーを何本も生み出している有名な作家であり、何本ものテレビ番組にコメンテーターとして出演していた。最初の方は可もなく不可もなくという態度を取っていたのだけれども、マスコミ全体の姿勢が過剰になってきた事もあり、我慢の限界を超えたようだった。マスコミの報道が盛んになってから一カ月ほどたった時、とある特集番組で独特の重厚感のあるオーラを放ちながらさくらの父親は口を開いた。
「今まで公の場で言った事はなかったが」さくらの父親は、ここで一旦話す事を止めた。周りのコメンテイターの視線がより集中する。きっと、テレビの前の視聴者達も同じような状況だったのだろう。そうした状況をしっかりと確認したところで彼はまた口を開いた。

「私の子供は今話題のミカゲ大学に通っている」
その事を聞いた他のコメンテーター立ちがざわめき始めた。どうやら、世間に対して徹底的に情報網を張り巡らせているマスコミ達もこの情報は掴んでいなかったようだ。先ほどまでとは打って変わりそんな周りの状況には目もくれず、さくらの父親はこう続けた。

「両親の年収が一千万円以下だと受けられない大学があって何がいけないのだろうか。大学は義務教育ではない。あくまで専門知識を学ぶ場であり、教授たちからすれば研究する場でもある。事業時間に有益な意見をもたらしてくれるであろう学生を選ぶことに何の間違いがあろうか。それに両親からしてみた場合、周りの人が信用できる環境を選ぶ事に子供を預けるようにするのは当然の務めだろう。私は、年収が全てだとは思っていないし、人生すべてがお金の力で成り立っているとも思っていない。しかし、相対的に見て両親の年収が高いという事はきちんとした教育を受けてきており、礼儀礼節がしっかりしている子供が多いという事は疑いようがないだろう。私の子供はミカゲ大学に入った後もしっかりと成長しているし、私も安心している。よって私はミカゲ大学をこれからも応援していこうと思っている。それに大学は一つではないし、ミカゲ大学が国で最も優れているわけでもない。よって、受けたい人は受ければいいし、受けれない人は違う選択肢を探して学びたい事を大学で学べばいいのではないだろうか。いちコメンテーター、いちミカゲ大学保護者として、私は素直にそう考える」
そのコメントが終わった時、会場はまるで北極の冷気が充満しているかのように寒々と静まりかえっていた。
 
 そのコメント以来、ミカゲ大学に対する世論の考え方が変わった。それまではマスコミが言っていたような状態だったけれど、さくらの父親の意見に賛同した世間の人達が大勢いたようでテレビや週刊誌で取り上げられる回数も徐々に減っていった。代わりにさくらの父親本人の人気がウナギ登りとなり、連日取り上げられるようになった。それに伴い、連日さくらの周りにはミカゲ大学の生徒、職員達が日に日に数を増していた。毎日周りに人達が渦を巻いていて大変そうだったけれど、それでも皆が父親の事を良く言ってくれているようだったので悪い気はきっとしていなかったのだと僕は思いたい。

 大学の周りを探索するのに結局二時間ほど掛かった。改めて見てみると住宅以外にも幼稚園に通っている子供たち等が遊ぶような小さな公園が二つ、最近流行している販売車が固まってフリーマーケットのような状態を作っている地域が一つあることを見つけた。公園の方は特に変わった事はなかったけれど、フリーマーケット地域の方では、約百坪の敷地に二十台ほどの珈琲販売車が集まっていて、大学生カップルや近所の主婦たちが思い思いの時間を過ごしていた。珈琲のとても心地よい香りが自然と僕をそちらの方に誘導していった。そこで販売している珈琲も様々な物があったけれど、販売車の外装もトマトのように真っ赤で大きなウイングを付けた目立つ物もあれば中世のヨーロッパをイメージした雰囲気のある物もあり、香りだけではなく目だけでも楽しめる会場となっていた。 
 
 僕は、一番奥に位置していた少し古ぼけた一人入るだけで精一杯の販売車でブレンドコーヒーを頼んだ。そこの店主は年齢が六十歳くらいの男性で立派な口髭を蓄えていることからどことなく松丸正剛さんに似ていた。僕は、こういう店主のいれた珈琲がとても好きなんだ。イラストを描くような珈琲はバリスタ世界チャンピオンの方が巧いだろうし、味ももしかしたら上かもしれない。でも、僕にとって珈琲で大切なのは何より雰囲気であり、その雰囲気を作り出すのは豊かな人生経験のある店主にしか出せないと思う。珈琲には味や香りを求めるのが普通なのかもしれないけれど、僕にとってはそれと同じように珈琲に雰囲気を求めるのが普通なんだ。店主が温めた水を珈琲豆を載せた紙の上に円を描くように注いでいく。そうして焙煎された豆、紙を伝って下のビーカーへ落ちていく。その作業中にも濃厚なローストされた珈琲豆の香りが緩やかに伝わりなんとも言えない幸福感に包まれる。そうしていると店主がおまちどうさま、と言って珈琲を渡してくれた。僕は、お金を払い珈琲を飲みながら他の販売店をもう一度見て周ることにした。さきほどは販売車の外装やどのような珈琲が売っているのかということにしか注目していなかったけれど、よく見ると店をやっている人達も様々だった。二十歳くらいに見える黒い長髪を後ろで縛ってる男の店主、三十歳後半くらいに見える短髪で髪を茶色に染めている女の店主など、他にもそれぞれの店のカラーに合った人達が楽しそうに働いている姿が目についた。皆が自分のやりたい事を決め、自分のあるべき姿を表現している。僕はそう感じながら、近くにあったベンチに腰掛け、一息つくことにした。

 さっきの事を考えていた時にウェハヤの場合はどうだったのだろう、ということが頭の中に浮かんだ。僕と会っていない時がウェハヤのあるべき姿だとしたら普段は殻に籠って窮屈に生きていた事になるし、逆に僕と会っていない時のウェハヤがあるべき姿だとしたらそれはそれで生き物として寂しい、そんな気がした。
 感傷から抜け出した時には強い赤い光が目に飛び込んできた。光の方向を見ると、とても綺麗な夕焼けが地平線に近い所で広がっていた。一日の終わりを告げるような夕焼けに、自分の暗い気持ちを洗い流してもらった気がした僕は、その場から立ち上がり自宅へ帰ることにした。

続く・・・・・。



 


自然とはなんだろう。海、森、山、その他、感じる人によってその姿は色鮮やかに変化する。例えば、風にはどのような種類があるだろう。


ビルの隙間風


扇風機により作り出された風


広い範囲で考えれば恋人同士で息を吹きかけているのも一種の風と考えられるかもしれない。もちろん、そのような光景が日常茶飯事だとは思わないけれど。




1杉崎とおる




僕の友達にそのような人間がいた。いや、予め言っておくけれど恋人同士でいつも息を吹きかけ合っているような人間ではない。もし、そのような友達がいたら真っ先に止めさせるだろう。そのような行為を行っている時に偶然目の前を通ったら何とも言えない感情にさせられるのが目に見えているし、なにより気分が悪くなる。そうではなくて、僕の友達は、常に哲学ばかり考えている男だった。自分の存在意義、人間の本当の意味での有り方、そのような事を常に石の断面のような仏教面で考えていて、僕から見た彼は、まるで溶けない氷のような人間だった。元々は、水のように形を環境に合わせて作ることができる自由な存在であるのに自らを理論という氷点下の環境に置き、そのまま動きを止めてしまっているかのように息苦しく、しかし、冷徹に生きている。そのような人間だった。





彼と出会ったのは大学一年次の倫理学の授業だった。その日、僕は寝坊し授業に遅れて参加した。タイミングの悪い事にテストが行われる日だった。ついていないな、教室に入ってからテストの事を思い出した僕は、そう囁いた。教授の視線がこちらに向いている事に気がつき、慌ててテスト用紙を取りに教壇へ向う。教授から用紙を受け取り少し歩くと、残り時間十分と試験官らしき四十代の肌の色の黒いおじさんの声が教室中に響き渡った。それをすぐ近くで聞いていた僕の耳がハウリングを起こしたように悲鳴を上げる。今のは確実に嫌がらせだな、と心の中で不満を呟きながら全体で四百席近くある教室の真ん中あたりに座った。問題を見ると過去に独自の理論を作った有名な学者を答える穴埋め問題のテストだった。理論に興味があって受けただけだったので名前など全く覚えておらず、僕は問題用紙を見てから十秒で諦めて大量生産されているであろう4色ボールペンを机に放り投げた。




名前なんかに興味はないよ。





僕は、物に対して執着心がまるでない。商品のブランド名に対しても、人の名前に対しても。商品の名前や人の名前はあくまで総称であって本当の姿を現しているわけではない。それをわかりやすくする為に付けた記号の羅列に興味を示す他の人の気持ちが僕にはわからなかった。顔を上げ、天井に向かって息を吐く。そのように感慨にふけっている時、隣の彼が答案を教授に見つからないように差し出してくれている事に気がついた。僕は一瞬目を疑った。何が起きたのか全く理解できなかったんだ。しかし、少しすると状況を飲み込むことができ、彼の恩恵を素直に受け取ることとした。彼の答案には美しい文字で有名だと思われる学者の名前が連ねてあった。ここで有名だろうと思ったのは、自分には全く聞き覚えのない名前だったからだ。この人は一体何者なのだろう、そう思いながら教授と試験官に気がつかれないようになんとか試験時間内で書き写した。





試験終了です、後ろから解答用紙を回収してくるように。ざわざわと教室に学生の声が響き、先ほどまでの静寂から解放される。僕は背伸びをし、さきほど答案を見せてくれた彼の方に視線をずらした。彼は、これから授業が始まるかのように綺麗に座っているだけで、開放感を感じていた僕とは真逆の状態のようだった。その状態をみて話しかけるとを少しためらったが何も言わないで帰るのは失礼だと思い、僕に出来る精いっぱいの作り笑顔をして、彼に礼を言った。





「助かったよ。ありがとう」


彼は、少しの間机の方を遠目に眺めていたが、こちらの方を見ると草原に吹く風のような爽やかな表情で微笑みかけてくれた。そこで会話が始まり二人は仲良くなった、という物語が一般的なのだと思うけれど、僕達の場合はそうならなかった。なぜなら、彼は会釈をした後すぐに教室を後にしてしまったからだ。彼についてもっと知りたいと思ったのだけれど、その日は三時にサークルの友人と約束があった為追いかけられず、その場をしぶしぶ離れ、部室に向かった。





 それから数日後、偶然僕は大学の食堂で彼を見かけた。僕の通っている大学の食堂は約三百人を収容できる全面ガラス張りの開放感ある建物で、古ぼけたその他の校舎の中で異彩を放つ建物だ。このアンバランス加減は当初、学生、保護者から不満の声が上がっていた。しかし、それも時代の流れでいつの間にか収まり、今となっては学校のシンボルとなりつつある。付けられた通称は『ぼろ小屋の中のオアシス』。誰が付けたのかは知らないが、僕ならもっとセンスの良い呼び名をつけると思う。そんな学生達のオアシスとなっている食堂の一番奥に、彼は一人で座っていた。背伸びをして彼が何を食べているのか一生懸命のぞき見てみると、カレーを食べているのが見えた。僕は、受付でBランチを受け取ると彼の向かい側に座った。僕が席に座ると、彼が驚いた表情でこちらを向いた。





「この間は助かったよ。あれからもう一度御礼を言おうと思っていたんだけど、あれから授業で君を見つけられなくてさ」


僕が話している間は、表情をぴくりとも変えなかったけど、話終わるとようやく僕を思い出したのか表情が柔らかくなり、持っていたスプーンを右端に置く。





「気にしなくていいよ。あの時はそういう気分だっただけだからさ」


彼はそれが当たり前のようにさらっと言った。





「気分?」


私はとても大きく眼を見開き、彼の言葉を繰り返した。





「そう、気分。僕は、誰にでもああやって答案を見せるような偽善じみた事はしないよ。ただ、あの時はそういう気分だった。ただ、それだけ」


そういうと彼はカレーライスの方に視線を戻し、置いていたスプーンをまた持ち直し、カレーを食べ始めた。変わったやつだな、と僕は心の中で呟いた。気分で答案を知らない人に見せる奴がこの世にどれくらいの割合でいるのだろうか。そのように自問自答していると、疑いの目で彼を見ている事に気がつかれたようで彼の視線が僕の目に戻ってきた。しかし、すぐに視線は元に戻った。





「今、変わっている奴だと思っただろ」


嫌悪感を示すわけでもなく当たり前のように彼は呟いた。どうやらカレーを食べ終わったらしく、スプーンを置き、ナプキンで口を拭いた。その動作が終わると、食器を横にどけて僕に視線が集中した。





「別に責めているわけじゃない、実際俺は変わっていると思っているし、気にして何かいない。ただあの時は、偽善を確かめたい気分だったんだ」


そう言うと彼は煙草を吸っていいかと聞き、僕はいいよと答えた。彼は百円ライターで火をつけ安堵感に包まれたような表情を浮かべ天井に向かって煙を吐いた。





「偽善を確かめたいってどういう事?」


そのような言葉を発する人間を僕は初めて目にしている。彼は、もう一度こちらを向いた。わずかな時間沈黙が続く。しかし、そんな短い時間の間にもまるで全てを見透かされているような気分になり、慌てて視線をそらした。すると、彼は淡々と呟くように述べた。





「人ってさ、誰かの為に尽くす事が善で、自己の為だけに動く事を悪ってとらえる風潮があるだろ。特に日本人に多いと思うんだけど。俺は、今まで誰かの為に行動した記憶がなかったし、どんな気持ちになるのか知りたかったからやってみただけさ。誰か知っている人にやると気持ち悪がられるのが目に見えていたし、あの時の君は誰かに縋るわけでもなく現状を受け入れようって感じの雰囲気を出していて、弱い人間じゃないって感じたから助けただけ。後々、やたら感謝されるのもめんどうだったしね。実際に弱い人間じゃない所は当たっていたけれど、予想以上に義理深いタイプだったのは、俺の観察眼がまだまだ未熟な証拠かもな。勘違いさせたかもしれないけど、決して感謝されることが嫌いなわけじゃないよ。ただ、結果として自分の憶測が外れていたんだなっていうだけ」


彼は言い終えるとまた煙を大きく吸い込み、何か目に見えない物を眺めているような表情をしながら天井に向かって煙を吐いた。





こういうやつだったのか、確かに変わっている。しかし、このような考え方をする人間を僕は、心のどこかで待ちわびていた気がする。大学では皆が同じ格好、同じ考え方をしているのが目に見えていてどことなく気持ち悪かったし、小学生の時のように、新しいタイプの友人に会う喜びに飢えていたからだ。それが今、目の前にいる。僕は、今の状況に巡り合わせてくれたどこかの神様の奇跡に感謝した。その興奮を伝えるように声色を少し高くし、さきほどより感情が伝わるように話した。





「面白い考えするやつだね。たまに頭の中でそんな事考えたりもするけど、そんな事を誰かに話す人がいる事には驚いた。確実に変人扱いされるだろうし、何せ同意してくれる人がいるなんて想像した事もないよ」


そう言い終えると相手も何かを感じたらしく不敵な笑みがこぼれ、次の瞬間、お互い自然と笑みがこぼれた。滅多にない共通点を見つけられたことで自然と繋がった気がしたのだ。こうして僕達は、ようやく友人となった。彼の名前はウェハヤというらしい。出身は関西の方らしく、一度話し始めると止まらないのはそのせいかもしれないと本人が言っていた。集団で行動する事にあまり興味を持っていないらしく、ほとんど一人で授業を受けているとのことだった。





「ウェハヤはさ、何か将来の夢とかって決まってんの」


そう何気なく投げかけた僕の質問に、ウェハヤは獲物を狩る獣のように反応した。鋭くこちらを睨みつけ、敵意を前面に押し出している。そのあまりの豹変ぶりに、僕は、ただたじろくしかなかった。。





「・・・・・・・将来なんて、決めるものじゃないよ」


ウェハヤはそう小さな声で呟いた。そう思う理由を深く聞きたいと思ったけれど、ウェハヤの態度を見ると聞く気にもなれず、この話題を続けることは止めておいた。



続く・・・・・。

初短編小説「夜空に輝く光のなかで」はどうだったでしょうかかお


ありがいたい事に多い日には15人ほどの人に見てもらえる日もあり、一日のアクセス数も80を超えた時もありました!!本当に感謝です泣



プロの方と比べると文章も未熟で、難解な表現が多いと思かったと思います↓

でも、僕が考える小説っていうのはそれを読んだ人全員が同じ印象を受けるというよりも全員が違う印象をうけとってくれるものでありたいっていう気持ちが強くて、それぞれの人の感受性に少しでも新たな一面を加えられたらいいなって思ってます。


今回の作品のメインテーマは、「人は他人をどのような価値観で判断すべきなのか」です。

人は、何かを判断する時に過去に起きたこと、周りの状況などによって縛られた考え方をしがちだと思っていて、たとえば今回の作品に出てくる居酒屋で働く人と障害者介護施設で働く人。


二人とも働いている以上社会に役立っているはずなのに、どちらの方が偉い?って友人に聞くとほとんどの人は介護の人と答えました。

しかし、その理由を突き詰めても、明確な答えはやっぱり出てきません。

なんとなく、であったり、介護は大変だからなど抽象的な答えが多いのです。

それらも間違っていないけれど、介護人の方が偉いと認めるということは居酒屋で働いている人を無意識にけなしていることにつながります。

どちらかが偉いと投げかけている僕の質問自体に偏見へ誘導するニュアンスが含まれているかもしれません。

でも、ここではっきりと真剣にその仕事に打ち込んでいる人、もしくは結果出しているかで判断すべきなんじゃないの?って多くの人が言える社会になったらと思っています。



次回作「パントマイム」は3人の大学生が大学内で出会い、そっしてそれぞれの人をさぐっていく物語です。また一人でも多くの人にみてもらえたらと思っていますので、もしよかったら見てくださいラブ