はじめに――財政再建を、未来の春日井市を考える機会に

春日井市の財政を持続可能なものにするためには、行政の支出を見直すだけでなく、地域経済を活性化し、将来の行政需要に備えながら、市の収入を支える基盤を強くしていく必要があります。

これまで、財政再建というと、行政の経費削減や公共施設の統廃合、事業の見直しなどが中心に考えられてきました。もちろん、限られた財源を有効に使うためには、こうした取り組みも欠かせません。

しかし、人口構成の変化、公共施設の老朽化、物価や人件費の上昇、地域経済の変化など、自治体を取り巻く課題は複雑になっています。

目の前の予算だけを見て対策を考えるのではなく、10年後、20年後にどのような春日井市を実現したいのかを考え、そこから現在の政策を組み立てていく必要があるのではないでしょうか。

そこで注目したいのが、「AI」と「バックキャスティング」という二つの考え方です。

AIによって将来の財政や地域の変化を分析し、バックキャスティングによって望ましい未来から逆算して政策を考える。この二つを組み合わせることで、従来の行政改革とは異なる、新しい財政再建の可能性が見えてきます。

1.バックキャスティングとは何か

バックキャスティングとは、まず将来の望ましい姿を描き、その実現に必要な取り組みを未来から現在へと逆算して考える方法です。

一般的な政策立案では、現在の状況を出発点として、何ができるのかを考えます。これに対してバックキャスティングでは、最初に目指す未来を設定し、その未来を実現するために、今何をすべきかを考えます。

例えば、2045年の春日井市について、次のような将来像を描いてみます。

・人口構成が変化しても、必要な医療、福祉、教育などのサービスが維持されている。

・公共施設や道路、上下水道などの維持管理費が計画的に管理されている。

・地元の中小企業が成長し、地域に雇用と所得が生まれている。

・市の財政に一定の余力があり、災害や景気変動にも対応できる。

・市民が財政状況を理解し、まちづくりの意思決定に参加できる。

こうした未来を先に描き、その実現のために2035年には何が必要なのか、2030年までにどのような基盤を整えるべきなのか、そして今年から何を始めるべきなのかを考えていきます。

大切なのは、現在の仕組みを少しずつ改善するだけでなく、将来の目標に照らして、必要であれば行政の仕組みや政策の優先順位そのものを見直すことです。

「今年の予算をどう削減するか」という問いから、「20年後も安心して暮らせる春日井市をつくるために、今の財政運営をどう変えるべきか」という問いへ。

この発想の転換が、バックキャスティングを活用する大きな意味です。

2.AIを活用して、将来の財政をシミュレーションする

バックキャスティングによって目指す未来を設定したら、次に必要なのは、その未来を実現するための具体的な計画です。

ここでAIの活用が考えられます。

自治体の財政は、人口、年齢構成、税収、物価、人件費、社会保障費、公共施設の老朽化など、さまざまな要因によって変化します。しかも、これらの要因は互いに影響し合っています。

AIや統計モデルを活用すれば、複数の条件を組み合わせ、将来の財政状況を比較するためのシミュレーションを行うことができます。

例えば、人口が減少する場合と一定程度維持される場合では、市税収入や行政需要はどのように変化するでしょうか。

公共施設を現在の規模で維持した場合と、施設の長寿命化や複合化を進めた場合では、将来の支出にどのような違いが生じるでしょうか。

また、地域の中小企業への支援や企業誘致を進めた場合、どのような条件で雇用や税収の増加につながる可能性があるでしょうか。

こうした複数のシナリオを比較できれば、政策を実施する前に、期待される効果とリスクを検討できます。

ただし、AIが示す数字は、未来を確定するものではありません。分析結果は、入力するデータや前提条件によって変化します。

そのため、AIを使う際には、どのような条件で計算したのかを明示し、複数のシナリオを比較するとともに、実際の決算や事業実績と照らし合わせて検証することが重要です。

AIは政策を決める存在ではなく、政策を考えるための情報を整理し、判断を支援する道具として活用する必要があります。

3.財政のデジタルツインをつくる

さらに一歩進めるなら、春日井市の財政や都市の状況を継続的に分析できる仕組みを構築することが考えられます。

都市のデジタルツインとは、現実の都市に関するデータをコンピューター上で統合し、都市の状態や変化を把握・分析する考え方です。

これを財政運営に応用すれば、人口の変化、公共施設の老朽化、地域経済の動向、行政支出などを関連づけて分析できる可能性があります。

例えば、次のようなデータが活用できます。

・人口や世帯数の推移、将来推計

・市税収入や行政支出の年度別推移

・公共施設の位置、築年数、修繕履歴、利用状況

・道路や上下水道の更新計画

・公共交通や地域施設へのアクセス状況

・地域の事業所数、雇用、産業構成などの統計

これらの情報を組み合わせれば、地域ごとの課題と財政支出の関係を把握しやすくなります。

例えば、ある地域で公共施設の利用者が減少している一方、近隣施設の利用が増えている場合、施設の配置や機能を見直すことが考えられます。

一方で、利用者が少ない施設であっても、災害時の拠点として重要な役割を持っていたり、交通手段が限られる住民にとって欠かせない場所であったりする可能性があります。

そのため、単に利用者数だけで判断するのではなく、施設の役割や地域の実情も考慮しなければなりません。

データによって問題を発見し、AIで選択肢を比較し、地域の実情と市民の意見を踏まえて判断する。

こうした仕組みを整えることが、財政のデジタルツインを活用するうえで重要です。

なお、財政分析のために市民一人ひとりの行動を追跡する必要はありません。まずは、公開されている統計や施設情報など、個人を特定しないデータを中心に活用する方法が考えられます。

4.AIを使って、市民が財政を理解できる仕組みをつくる

AIの活用で特に注目したいのは、市民が自治体の財政を理解し、政策の選択肢を比較できるようにすることです。

行政の予算や決算資料には専門用語が多く、事業ごとの費用や効果を市民が把握するのは簡単ではありません。

そこで、市が公表している決算資料や事業評価、公共施設の情報などを整理し、AIを活用して分かりやすく説明する仕組みをつくることが考えられます。

例えば、市民が次のような質問をできるようにします。

「公共施設を現在のまま維持した場合、今後どのような費用が必要になるのか」

「施設を複合化した場合、どのような費用の変化が考えられるのか」

「行政のデジタル化にはどの程度の費用がかかり、どのような効果が期待できるのか」

「中小企業への支援や企業誘致には、どのような財政効果が期待できるのか」

「子育て支援や介護予防への投資は、市民生活や将来の行政需要にどのような影響を与える可能性があるのか」

AIが公表資料をもとに、政策の目的、費用、期待される効果、リスクなどを整理すれば、市民が政策を比較するための材料を得やすくなります。

さらに、複数の政策案について意見を出し合う市民参加型の仕組みにつなげることもできます。

ただし、AIが作成した説明には誤りが含まれる可能性があります。根拠となる資料を明示し、重要な数字は担当部署が確認するなど、情報の正確性を確保する仕組みが必要です。

AIによって市民の判断を誘導するのではなく、市民が自分自身で考え、判断するための情報を提供することが大切です。

5.2045年の春日井市から逆算する

ここで、2045年を一つの目標年として、将来の春日井市を考えてみます。

目指すのは、財政の持続可能性を確保しながら、市民生活の質を維持し、地域経済を育てる都市です。

そのためには、まず将来の目標を設定し、そこから逆算して必要な取り組みを整理することが重要です。

【2045年に目指す姿】

財政の持続可能性を確保し、必要な行政サービスを維持できる都市。

地元企業が成長し、雇用や所得が地域内で生まれる都市。

公共施設やインフラの維持管理が計画的に行われる都市。

市民が財政情報を理解し、まちづくりの意思決定に参加できる都市。

高齢者、子育て世帯、若い世代など、さまざまな人が暮らしやすい都市。

この未来を実現するために、2035年には施設更新や地域経済への投資について、長期的な効果を検証できる体制を整えます。

2030年には、AIを使った財政分析や政策比較を一部の事業で試行し、効果を検証します。

そして、今後1〜2年の間に、財政データを整理し、将来シナリオの試算と市民参加の実証事業を始めます。

これらは政策を検討するための仮案であり、具体的な目標値や実施時期は、財政状況や市民の意見を踏まえて決める必要があります。

重要なのは、将来の目標を現在の予算や事業と結びつけ、具体的な行動に落とし込むことです。

6.AIの導入自体が新たな財政負担にならないようにする

AIには大きな可能性がありますが、導入すれば必ず行政経費が削減できるというわけではありません。

システムの開発費、利用料、データ整備、職員研修、情報セキュリティ対策など、さまざまな費用が必要になります。

また、AIが誤った分析を行った場合や、特定のデータに偏った結論を出した場合には、政策判断を誤る可能性もあります。

そのため、春日井市でAIを活用する際には、次のような原則が必要です。

第一に、最初から大規模なシステムを導入せず、小規模な実証事業から始めること。

第二に、導入前の費用や業務時間を把握し、導入後の効果と比較すること。

第三に、個人情報や機密情報を適切に保護し、目的に必要なデータだけを利用すること。

第四に、AIの分析結果だけで福祉の受給資格や個人への行政処分などを自動決定しないこと。

第五に、AIの利用目的、判断の根拠、誤りがあった場合の対応を明確にすること。

AIを使うこと自体が目的になってしまえば、新たな費用が増えるだけで終わる可能性があります。

大切なのは、AIによって何を改善したいのかを明確にし、費用と効果を継続的に検証することです。

7.春日井市の既存計画とAIを結びつける

春日井市では、公共施設等のあり方に関する基本方針や公共施設等マネジメント計画、個別施設計画などが公表されています。

また、市の財政資料や決算情報も公開されています。

AIとバックキャスティングを取り入れる際には、まったく新しい計画を一からつくるのではなく、こうした既存の資料を活用し、将来シミュレーションや政策評価につなげる方法が考えられます。

例えば、次のような実証事業を提案できます。

【春日井市・未来財政シミュレーション構想】

まず、市が公表している決算資料、公共施設情報、人口統計などを整理します。

次に、人口構成、物価、施設の更新時期などの条件を変え、複数の将来シナリオを作成します。

そのうえで、施設の長寿命化や複合化、行政の業務改善、地域企業への支援など、政策ごとの費用と効果を比較します。

分析結果と前提条件を公開し、市民や専門家から意見を募ります。

最後に、実際の決算や事業実績と予測を照合し、分析の精度を改善していきます。

初期段階では、個人情報を使わず、既存の公開データを中心に試行することが考えられます。

この取り組みの成果は、AIを導入したかどうかだけで評価するべきではありません。財政の見通しが改善したか、政策の費用対効果が明確になったか、市民が意思決定に参加しやすくなったかという視点で評価する必要があります。

おわりに――AIで未来を分析し、市民とともに未来を選ぶ

春日井市の財政再建を考えるとき、私たちは目の前の予算だけを見るのではなく、10年後、20年後にどのような都市を残したいのかを考える必要があります。

公共施設の老朽化、高齢化、地域経済の変化、行政需要の増加といった問題は、それぞれ独立しているわけではありません。都市の構造、人口、産業、財政は相互に影響しています。

だからこそ、個々の事業を部分的に見直すだけでなく、都市全体を一つの仕組みとして捉える視点が必要です。

バックキャスティングによって将来の目標を定め、AIによって複数のシナリオを比較し、市民参加によって政策の優先順位を決めていく。

この方法なら、財政再建を単なる削減計画ではなく、春日井市の未来を設計する取り組みに変えていくことができます。

AIは大量のデータを分析し、これまで見えにくかった問題や選択肢を示すことができます。しかし、どのようなまちをつくり、誰の生活を守り、限られた財源を何に優先的に使うのかという判断は、技術だけでは決められません。

未来を予測するためにAIを使い、望ましい未来から逆算するためにバックキャスティングを使い、その未来を選ぶために市民が参加する。

こうした取り組みを通じて、財政の持続可能性と市民生活の豊かさを両立する春日井市を目指していくことが重要ではないでしょうか。