食が創り上げてきた私 | コナモンのこんなもんじゃないだろ?

食が創り上げてきた私

【食卓の向こう側】

というブックレットがある。


ある方の紹介で、取り寄せて読んでいるのだが、

今回読んだNo.6はかなりの気付きがあった。



サブタイトルは

~脳、そして心~


表紙の端に告げられたメッセージは

親の無知は

子供への罪とはいえませんか。


というものだった。



自分自身、食事というものにはこだわりを持ってきた

つもりだし、それなりに学んできた事もあるけど、

身の回りの生活に、

どれほど食事というものが大きな影響を与えているのかを

改めて考えさせられた。



感銘をうけた部分を抜粋すると、


「毎日繰り返される食事の場ほど、親の子供への態度が示されたり、

家族関係が具体化されるものはない」


「食」は日常そのものであるからこそ、それをどう感じて育ち、どのように

引きずってきたかが、生き方に深くかかわる。


(中略)


食べることとは、生きることの原点である。

食べることとは、愛情の原点である。

食べることとは、家庭の原点である。

食べることにまつわる体験が、精神的な成長の原点になる。


というものだった。


わかってはいたけれど、改めて文字として見ると

「確かにな」と意識させられた。



非行少年の心理を知るには、「食卓状況面接」というのをすると

その子の心の中がスゥっと見えてくるのだそう。



食事をする時の座席の位置や、誰が作っていたのか、

何が好きだったのか、どんな会話をしていたのか、食卓でのマナーやしつけは

どうだったのか、それが変わったわけ など・・


毎日の食事からいろんな事がわかってくるというのだ。




私自身を振り返ってみると、幼い頃は大きなコタツで家族みんなで食事をしていた。


家の改築を期に、テーブル席での食事になり、

身体の優れない祖父とその連れ添いに祖母がコタツで食事をするようになった。


兄が部活動で忙しくなると、食事の時間がずれた。


私が受験期に塾に通うようになると、一人で食事を素早く済ませるようになった。


一人暮らしをするようになった時は、母に教えてもらった料理を毎日作り、

惣菜を買って食べたいとは一度も思わなかった。


一人で食べるのが寂しくて、毎日友達を呼んでいた。


就職してからは、より食事の時間が短くなり、早いときには5分で終了なんて事も

しばしばだった。



そして今は、朝・昼・晩ともにゆったりと食事の時間を取れるようになった。



確かに振り返ってみると、食事がそのときの私に与えていた影響は

大きかったのではないかと思える。