西洋占星術〜どうせ、あの世までは追ってこれまい。〜 -2ページ目

西洋占星術〜どうせ、あの世までは追ってこれまい。〜

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冥王星さそり座時代(1984~1995年)とは、何なのか。

それは、冥王星1周ぶんを、ひとつの歴史として見た場合の、事実上の折り返し地点であり。

別の言いかたをすると、この位置に「頂点」があり、いままで昇ってきたものが、ここから先は降ってゆく。

 

形式上は、おひつじ座0度が始発地点で、てんびん座0度が折り返し地点。しかし、具体的なできごとに反映される(いわゆる「現実化する」)までには時間差があり、だからこそ、歴史的事実としては、サイン1個ぶん経過した、冥王星おうし座時代が始まりの地点で、冥王星さそり座時代が、折り返し地点。

 

この、サイン1個ぶんのズレは、おひつじ座の意味とおうし座の意味。てんびん座の意味とさそり座の意味にも、そのまま通じている。

形式上の出発点/折り返し地点である、おひつじ座・てんびん座(活動サイン)ではなく、力をたくわえる、力が結晶化する固定サインのおうし座/さそり座の位置に、よりによって冥王星の遠日点/近日点が来るなんて、研究者(わたし)としては、話ができすぎている、とすら思う。

きわめて単純な事実として。

ここまで上り坂を登ってきた、近代または現代という時代が。さそり座時代をピークにして、あとはただ、下降してゆくのだ―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以前にも話題にしたが(第67回参照) 冥王星さそり座時代のさいごの年(1995年)に出版された『終わりなき日常を生きる』は、歴史的転換点たる、さそり座時代の雰囲気をみごとに掬いあげていると言える。

 

著者の宮台真司は、社会学者として一流であると評したいが、一般的に言って、学者が書いたものがベストセラーになることは多くはない。

時流に沿った、タイムリーな内容。

そして何より、タイトルが秀逸だったのだ。

 

終わりなき日常。

それは、どのような意味だろうか。

それは、わかりきった灰色の現実が、これからもずっと続いてゆく、という意味だ。

(当時はバブル崩壊直後の裕福な時代だったので)

だれひとり食っていくには困っていないが、

なにひとつ、目新しいことは、起こらない。

破滅する可能性はないが、これ以上繁栄する見込みもなく、いままでどおりの馬鹿馬鹿しい日常が、今後もダラダラと続いてゆくだけ。

そのような灰色の感性が、この世界を覆う日が、ついにやってきてしまった。

おとめ座時代のような、明日はもっと良くなる、という薔薇色の未来像も、

かに座時代のような、黄色人種を代表して白人と闘う、アジアの盟主、日本という誇りも、

おうし座時代のような、脱亜入欧&文明開化。

近代という新しい夜明け。これからなにかが始まっていくかのような予感も。

なにもない。

 

世界は、行き止まりに到達した。

そんな世界観が、はじめて一般化したのが、この、さそり座時代の、きわだった特徴でもある。

同じ時期に、やはりベストセラーとなった

『完全自殺マニュアル』(鶴見済、1993年)の冒頭には、著者みずからの思想が述べられていて、それによると、人が自殺を選びたくなるのは、人生に脱落して落伍者になったからではなく、人生は無意味だから。 あみだくじを引いて自殺を決意した姉妹の話などが、冒頭から出てくる。そうして、本文が始まると、あとはひたすら、みずから死ぬための方法論が次々と説明されてゆくだけ。

近代人が近代的な自我を形成することによって発していた

『人生の意味はあるのだろうか?』という

問いかけは、ついに

『人生は、無意味だ。』に、変わったのだ―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冥王星さそり座時代の最終年:1995年は、

あのウィンドウズ95の発売年でもある。

その後、現在に至るまでの、IT文明のおそるべき進展ぶりは、言うまでもない周知の事実で。

つまり、文明の進展じたいが、止まったわけでは、決してない。

それにもかかわらず。根本的に言って『なにかが』これまでとは変わってしまい、いままでのように、未来に期待することは、不可能になってしまった。

 

いままで、

人類は、みずからの手で、みずからの文明を発展させている、と信じられてきたのが、そのような見方をすることは、ついに不可能になり、

文明はみずから勝手に進展し、人類は、それについていくのが、やっと。 という見方が、あたりまえになった。

2019年現在、AIの進歩だとかシンギュレーションだとかの現象に関して、それは人類みずからが生んで育てた果実である、などという牧歌的な見方はすでになく。

AIは勝手に育ってゆき、やがては人類を追い抜き、ついには人類を支配する―――という見方のほうが、もはや一般的だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冥王星いて座時代以降。

人類は混迷を深め、人類史は迷走を始める。

たとえば、冷戦当時の基準でいえば。

アメリカはソ連を倒し、

ソ連はアメリカを倒し、

世界の覇権を握ることが、その目的だったはずだ。

だが、実際に起こったのは、まったく別のことだった。

 

ソ連は、ある日とつぜん(1991年末に)静かに消え。

仮想敵が消えて覇権国家となったはずのアメリカは、覇者らしく振る舞い、滅びたソ連を支配下に置くことなど、決してできなかった

 

かわりに起こったのは、世にも奇妙な別の事態。

ソ連以下共産主義国が仮想敵として機能しなくなると、こんどは、イスラム教国を仮想敵として闘争をつづける。

往くあてもないままに―――。

 

闘うのは輝やかしき未来を勝ち取るためではない。

輝やかしきものは、すべて過去であり。

現代文明は、もう、下り坂。

 

 

 

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