第1章 オルドビスの夜明け――海が支配する時代へ

時代は約4億8500万年前
カンブリアの嵐が過ぎ去り、地球は再び静けさを取り戻す。
だがその静けさは、死ではなく再生の始まりだった。
ここから始まるのが――オルドビス紀(Ordovician Period)
地球の主役は完全に“海”。
この時代は、生命が海の底から立ち上がり、世界を覆い尽くしていく物語だ。

まず、環境が一変していた。
カンブリア紀末の寒冷化が収まると、
地球は再び温暖な気候を取り戻す。
酸素濃度は上昇し、海の循環も安定。
しかも大陸の大半が赤道付近に集まっていたため、
広大な浅海(シェルフ海)が形成された。
この“太陽と酸素の海”が、生命にとって最高の遊び場となった。

海には早くも新たな支配者たちが現れる。
カンブリアの残党――三葉虫たちはまだ健在だったが、
代わって勢力を伸ばしたのが、腕足類(ブラキオポッド)コケムシ(ブリオゾア)
彼らは岩に付着し、海流の中でエサを濾し取る「定住型」の戦略を完成させた。
その結果、海底にはびっしりとサンゴや貝の群落が広がり、
地球最初のサンゴ礁(リーフ)が形成される。

さらに、最強の新勢力が海を泳ぎ出す。
それが――頭足類(セファロポッド)
アンモナイトの遠い祖先たちだ。
彼らはすでに殻を持つ肉食生物として君臨し、
海の中層を自在に動き、獲物を狩る。
中でも、全長数メートルにも及ぶオルソセラス(Orthoceras)は、
当時の海の頂点捕食者だった。
アノマロカリスが去ったあと、その王座を奪ったのは彼らだったのだ。

この時代、海の生態系は完全に組織化されていた。
底には三葉虫やウミユリ、
中層には腕足類・コケムシ・軟体動物、
そして上層には頭足類とプランクトン。
垂直方向に層を持った生態系が出来上がっていた。
つまり、生物たちはついに“空間を分け合う”知恵を身につけた。

また、この頃には、
藻類(グリーンアルジー)やシアノバクテリアが沿岸部に繁茂し、
陸上にもわずかに進出を始めていた。
まだ植物ではないが、
湿った岩肌や泥の上で光合成を行う微生物マットが形成されていた。
それは後に続く“陸の征服”の第一歩。

オルドビス紀は、まさに「海の黄金期の開幕」。
生命は深みを増し、構造を持ち、役割を分担し始めた。
地球はもう、偶然に生き延びる世界ではない。
秩序と生態が回り始めた、
命の文明のはじまりだった。

 

第2章 黄金の海――サンゴ礁と生命の建築者たち

時代は約4億8000万〜4億7000万年前
地球の海は、史上初めて“美しさ”を持ち始めた。
青く澄んだ浅海には、
サンゴやコケムシ、腕足類たちが作り上げた巨大な海中都市――オルドビスのサンゴ礁が広がっていた。

カンブリア紀までは、命はほぼ“個”で生きていた。
でもオルドビス紀に入ると、
生命たちは群れ・集合・共生という新たな進化戦略を手に入れる。
コケムシや腕足類が岩場に定着し、
サンゴ(特にタビュラタサンゴルゴササンゴ)がその上に層を作り、
ウミユリや苔虫がそこに住み着く。
こうして、初の多階層型の海洋コミュニティが完成した。

このリーフ(礁)は単なる景観じゃない。
それは生態系のエンジンだった。
海流がぶつかって酸素が行き渡り、
プランクトンが養分を供給し、
それをろ過して食べる生物が群れをなし、
その死骸がまた新たな礁を作る――
まるで“生命のリサイクル工場”。

さらに、海の中層では頭足類(セファロポッド)が完全に支配者となっていた。
彼らは推進力を使って泳ぎ、触腕で獲物を捕まえ、
まさに“生物界のハンター第一世代”。
代表種のオルソセラス(Orthoceras)は長い円錐形の殻を持ち、
その中にガスを調整して浮力をコントロールしていた。
科学的に言えば、初めて浮力と重力を操った生命
つまり、“重力を克服した生物の夜明け”だ。

一方、底の世界ではウミユリ(Crinoid)が進化し、
長い茎で岩に固定され、花のような腕でプランクトンを掴む。
その姿はまるで“動く花畑”。
海底には、彼らの骨片が積み重なって形成された石灰質堆積物(クライノイド石灰岩)が生まれ、
それが後の地質の重要な構成要素となる。

この時期、酸素濃度は現在よりやや低いながらも、
海洋全体での循環が活発化。
炭素がサンゴ礁や石灰岩に固定され、
気候が安定するという地球規模のカーボンコントロールシステムが成立した。
命が地球環境を“自分で管理し始めた”のはこの時が最初だ。

オルドビス紀の海は、
捕食と共生、構造と秩序が同時に存在する自然の建築現場だった。
その礎の上に、後のすべての海洋生態系――
魚、サンゴ、貝、クラゲ、そしてクジラまでもが立つことになる。

この時代、地球はまさに命が自分の世界をデザインし始めた星だった。

 

第3章 魚の夜明け――顎のない先祖たちの登場

時代は約4億7000万〜4億6000万年前
オルドビス紀の海が成熟し、
サンゴ礁と頭足類が繁栄する一方で――
海の底でひっそりと新たな存在が誕生していた。
それが、の原型。
しかもまだ“顎がない”タイプ、いわゆる無顎類(Agnatha)だ。

彼らの代表格がオストラコデルムス(Ostracoderm)
体長はわずか数センチから十数センチ。
だけど、その体には驚くべき特徴が詰まっていた。
全身を覆う骨質の外皮(装甲)――
これは、生物史上初の「防御用骨格」だった。
柔らかい皮膚の時代はもう終わり、
トリロバイトのように硬い体を持つ脊椎動物が登場した瞬間だ。

オストラコデルムスたちは、
底の泥を吸い込み、そこに含まれる有機物を濾して食べていた。
口は円形で吸盤のような形、顎はまだない。
だけど、頭の内部にはすでに脳と神経系が分化しており、
単純ながらも“行動を選ぶ”ことができた。
つまり彼らは、本能ではなく判断で動く脊椎動物の原型だった。

さらに重要なのが、側線(lateral line)システムの誕生。
これは水の振動を感知する感覚器官で、
現代の魚にも受け継がれている。
光が届かない海底でも、周囲の動きを“感じ取る”ことができたのだ。
この感覚の登場によって、
生物は初めて「見えないものを察知して生きる」という戦略を手に入れた。

また、無顎類の中にはヘテラスピス(Heterostraci)など、
流線型の体を持つものも登場しており、
水の抵抗を減らして泳ぐ――
つまり“推進力をデザインする”進化が始まっていた。

一方で、同じ頃に繁栄していたのがウミサソリ(Eurypterid)
最大で2メートル超にもなる節足動物で、
浅瀬の頂点捕食者だった。
彼らの鎌のような腕と硬い外骨格は、
当時の魚たちにとって最大の脅威。
だからこそ魚は、
スピード・感覚・骨格という新たな武器を進化させる必要に迫られた。

この章のキーワードは、“内部強化”。
外骨格の時代から、
体の内側に骨を持つ生物が出てきたことで、
生命は「形を変えながら進化する力」を得た。

オルドビス紀の海――
それはもはや静かな水槽じゃない。
骨が生まれ、感覚が研ぎ澄まされ、
動くことそのものが“生き延びるための思想”になった。
魚の誕生は、
のちの脊椎動物すべての夜明けを意味していた。

 

第4章 頂点捕食者の時代――ウミサソリが支配する海

時代は約4億6000万〜4億5000万年前
この頃の海は、まさに「装甲と牙の時代」。
サンゴ礁の森を抜けた先には、
巨大な節足動物――ウミサソリ(Eurypterid)たちがのし歩いていた。
彼らはカンブリアのアノマロカリスの後継者であり、
オルドビス紀の頂点捕食者
つまり、海の“ボス交代”が完了していた。

ウミサソリは、体長1メートルを超えるものも多く、
のちの種には2.5メートル級(ジャエケルオプテルス)まで進化したものもいる。
長いハサミ状の前脚、鋭い尾のトゲ、
そして分節された装甲ボディ。
まるで“金属製のサソリ型戦車”。

彼らは浅海のサンゴ礁を徘徊し、
魚類の祖先や小型の節足動物を襲った。
鋭い視覚と機敏な動きで獲物を追跡する様は、
まさに古代海のスナイパー
だが彼らは単なる暴君ではなかった。
水中での推進機構を持ち、
足をオールのように動かして泳ぐなど、
高度な運動神経を備えていた。

この頃、海の中では捕食と防御の軍拡競争がさらにエスカレートする。
三葉虫たちはますます硬い殻を発達させ、
一部はとげ付き装甲型へ進化。
ウミユリやコケムシは防御のために群生を強化し、
海底はまるで“要塞都市”のように密集していった。

それでも、支配者の座は揺るがなかった。
ウミサソリは酸素の豊富な浅瀬を好み、
その行動範囲は潮間帯や汽水域にまで広がっていた。
中には、海岸沿いを歩き回っていた痕跡化石も見つかっている。
つまり、彼らはすでに――
陸上進出の準備を始めていたのだ。

環境も変化を続けていた。
この時期、プレートの動きによって
ゴンドワナ大陸が南半球で巨大化し始め、
海流のパターンが変化。
その結果、浅海の分布が増え、
捕食者も獲物も、より複雑な分布構造を持つようになった。
つまり、海はもはや“ひとつの世界”ではなく、
多様な生態圏の集合体へと進化していた。

ウミサソリの時代は短いが濃い。
彼らは「機能の塊」としての節足動物の最盛期を象徴し、
のちのカニやクモへとつながる系譜を残した。
一方で、海の底では新しい時代の主役――
顎を持つ魚(有顎類)が密かに進化を始めていた。

つまりこの章は、“覇者の時代”であり“次の覇者の胎動”でもある。
ウミサソリが海を支配した瞬間、
すでにその支配を奪う者が、
海の影で呼吸を始めていたのだ。

 

第5章 顎の革命――魚たち、噛む力を手に入れる

時代は約4億5000万〜4億4000万年前
ウミサソリがまだ海の帝王として暴れていたその陰で、
静かに世界を塗り替える“生物史最大のアップデート”が起きていた。
それが――顎(あご)の誕生。

カンブリア以来、生命は「食べられるか、食べられないか」の戦いを繰り返してきた。
だがこの瞬間、
生物は初めて“噛む”という攻撃を手に入れる。
捕食のルールそのものを塗り替える革命――
有顎類(Gnathostomata)の登場である。

最初の有顎類は、
板皮魚(プラコデルムス類, Placoderms)
体の前半を金属のような骨板で覆い、
顎の先には歯の原型となる硬いエッジを持っていた。
彼らは口を開いて餌を吸い込み、
そのまま噛み砕くことができた。
つまり、攻撃と摂取をひとつの動作で行う初の生物だったのだ。

中でもダンクルオステウス(Dunkleosteus)の祖先にあたる原始板皮魚たちは、
全長数メートルにも及ぶ個体も存在。
筋肉で顎を強く閉じる仕組みを獲得し、
噛む力は推定で
数千ニュートン級

ウミサソリの装甲すら粉砕できたと考えられている。

この「顎の進化」は単なる武器の話じゃない。
顎の原型は、実は魚のエラ弓(えらの支え)が変形してできたもの。
つまり、呼吸器官から捕食器官が生まれたという、
生命構造の再利用革命だった。
進化は、まるで職人が廃材をリメイクするように、
既存のパーツを再設計して新しい機能を生み出したのだ。

顎を持つことで、魚たちは一気に世界を支配し始める。
小型の板皮魚が沿岸を群れで泳ぎ、
口を使って泥を掘り、餌を選び、
敵を追い詰める。
生態行動は格段に高度化し、
それまでの「感覚的な生き物」から、
「戦略を使う生き物」へと変化した。

さらに、この時期には鰭(ひれ)も進化していた。
胸鰭と腹鰭が発達し、泳ぎがより安定。
機動力の向上によって、
海はもはやウミサソリの縄張りではなく、
魚の領域へと変わりつつあった。

有顎類の出現は、
「動く」「見る」「噛む」「狙う」という一連の行動を成立させた。
これは、脊椎動物の行動様式そのもの――
人間を含むすべての動物の基本形だ。

この章はつまり、
生命が“食う側”へと本格的に踏み出した瞬間。
ウミサソリの時代が終わり、
顎を持つ者たちが支配する新たな生態系が幕を開けた。
地球はここで、命の進化を「戦いの時代」へと進めたのだ。

 

第6章 大陸が動く、海が変わる――地球の再編成

時代は約4億4000万〜4億3000万年前
この頃の地球は、まるで巨大な生き物みたいに、
自分の骨格――つまり大陸プレートをゆっくり組み替えていた。
この地殻の再編こそ、オルドビス紀の生態系に決定的な運命をもたらすことになる。

まず、ゴンドワナ大陸
南半球のほぼ全域を覆う超大陸で、
現在のアフリカ、南アメリカ、南極、オーストラリア、インドが合体していた。
その巨大質量が南極付近にまで移動した結果、
地球はゆっくりと冷え始めた。
――そして、気候は氷河期モードへ。

そう、この頃から始まったのが、地球初期最大級の寒冷化イベント――
オルドビス氷期(Hirnantian Glaciation)の前兆だ。

当初はわずかな気温低下だった。
だが、陸上に進出していた藻類やコケが光合成を行い、
大量のCO₂を吸収したことで、
温室効果がさらに減少。
地球は自らの生命活動によって、
自分を冷やす方向へと進んでいった。

気温の低下とともに、
ゴンドワナ大陸では氷床が形成され、
海水が氷として閉じ込められ、
海面が100m以上も低下。
これが、浅海生物たちに致命的なダメージを与えた。
三葉虫、腕足類、ウミユリ、コケムシ――
彼らの楽園だった“サンゴ礁の棚”が海上に現れ、
棲み処を失った生物が次々と絶滅していった。

しかし同時に、この気候変動が新たな進化のトリガーにもなった。
寒冷化した海では、
適応できた一部の種――特に頭足類(オルソセラス類)魚類が生き残り、
寒冷な海域でも活動できる生理構造を身につけた。
これにより、温度変化への耐性という新たな生物的武器が誕生したのだ。

また、地殻変動によって海流も再編され、
赤道から極へ向かう循環が生まれた。
これが酸素の分布を変化させ、
深海まで酸素が届くようになる。
その結果、深海のバクテリア生態系も活性化。
つまり、氷期の裏で海の底の生命が新たなステージに入っていた

この章のキーワードは「変化の連鎖」。
大陸が動き、気候が変わり、海が縮み、
でもそれによって生命がまた新しい道を見つける。
地球は、破壊と再生を同時に進める舞台装置だった。

オルドビス紀も終盤。
氷の時代が本格的に訪れようとしている。
その結果――地球史初の“本格的な大量絶滅”が始まる。
命が作り上げた美しい秩序が、
今度は命自身の手で壊される瞬間が近づいていた。

 

第7章 氷の支配――オルドビス大絶滅の幕開け

時代は約4億4300万年前
地球は突如として、氷の惑星へと姿を変えた。
これは人類どころか恐竜すら想像できないほどのスケール。
大陸は凍りつき、海は後退し、
生き物たちは生存圏を一瞬で失った。
これが地球史初の“本格的な大量絶滅”――
オルドビス・シルル境界絶滅(Ordovician–Silurian Extinction)だ。

原因は連鎖的だった。
南極付近に集まったゴンドワナ大陸の表面を、
氷床が覆い尽くす。
その氷が膨張し、海水を大量に閉じ込めた。
結果、海面は最大150メートル以上低下
浅瀬が干上がり、海洋生態系の中心だった“サンゴ礁地帯”が壊滅。
三葉虫、腕足類、コケムシ、ウミユリなど、
浅海に依存していた生命群の85%が消滅した。

だが悲劇はそれで終わらなかった。
氷期のピークを過ぎると、
氷が急激に溶け始め、再び温暖化が訪れる。
すると今度は、冷えた海に大量の栄養塩が流れ込み、
藻類が異常繁殖。
結果、海水中の酸素が奪われる(アノキシア現象)
酸欠の海で、深海生物までもが大量死を迎えた。

つまりこの大絶滅は――
「凍結 → 乾燥 → 酸欠」という、
トリプルコンボの地球的バグだったわけだ。

最初に滅んだのは、進化の最先端を走っていた“繊細な種”たち。
美しいサンゴ礁を築いていたタビュラタサンゴコケムシは崩壊。
代わって生き残ったのは、
シンプルでタフな形態を持つ種――
たとえば貝類や節足動物の一部、そして原始魚たち。

特に、顎を持つ有顎類(板皮魚など)は、
水温変化に強く、活動範囲も広かったため生き残りやすかった。
この“淘汰の荒波”を乗り越えた彼らが、
次の時代――シルル紀の主役となる。

また、この絶滅は「生態系リセット」という意味でも重要だ。
複雑に構築されたサンゴ礁ネットワークが崩壊したことで、
新しい環境ニッチ(すき間の生態圏)が大量に生まれた。
これは進化にとって、
まるで“空き物件”の出現。
そのスペースを、これから登場する新しい生命たちが埋めていく。

オルドビス紀のラストは、美しい終焉だった。
海は凍り、沈黙したように見えたが、
その下ではすでに次の世代――
陸へと上がる準備を始めた生命たちが息を潜めていた。

氷が解けると同時に、
新しい章が始まる。
海から陸へ。
次の時代――シルル紀が幕を開ける。

 

第8章 シルルの春――氷が解け、海が再び息を吹き返す

時代は約4億4300万〜4億2000万年前
長く続いた氷の支配が終わり、地球はようやく目を覚ます。
凍りついていたゴンドワナ大陸の氷床が後退し、
気温は急上昇。
海面が再び上昇して、浅海が戻ってきた。
それはまるで、生命たちが「リスポーン」したかのような再出発。
ここから始まるのが――シルル紀(Silurian Period)だ。

氷河が溶けて栄養塩が海に流れ込むと、
プランクトンと藻類が大爆発的に増殖。
それを食べる小動物が繁殖し、
再び豊かな食物連鎖が復活する。
ただの再生じゃない。
オルドビス以前を超えるスピードと多様性で、
生命は一気に進化を始めた。

海の主役は依然として魚たち。
顎を持つ板皮魚(プラコデルムス類)や、
顎のない無顎類(ヘテラスピスなど)が共存し、
それぞれ異なる戦略で生き延びていた。
中には体表に感覚孔を持ち、
水流の微妙な変化を察知する種も登場。
つまり、「神経で狩る」時代の始まりだ。

そしてこの頃、魚たちは進化の次のステップに踏み出す。
体の内側に硬骨(真の骨格)を発達させた、
硬骨魚(オステイクチアン類)が誕生。
骨で支えられた鰭(ひれ)は、
水流を巧みに操ることを可能にし、
泳ぎの自由度を爆上げした。
まさに“水の支配者”の誕生だ。

その一方で、
頭足類(ナウティロイド類)ウミサソリも依然として健在。
特にウミサソリ(Eurypterids)はさらに巨大化し、
一部の種では
体長2.5メートル
を超えるものも登場。
しかし彼らの支配も、魚の進化によって少しずつ揺らぎ始める。
スピード、感覚、機動性――
それらすべてで魚類が優位に立ち始めていた。

一方、海底ではサンゴ礁が完全復活。
タビュラタサンゴとルゴササンゴが再び繁栄し、
ウミユリ、コケムシ、腕足類がその間を埋める。
氷の時代に崩れた海洋建築が、
さらに洗練された形で再構築されていく。
オルドビス紀が“命の建築期”なら、
シルル紀は“命のリフォーム期”。

だがこの時代、最も重要な事件は――
陸上への進出が始まったことだ。
湿地や海岸線に、緑の薄い膜のようなものが広がり始める。
それは、陸上植物(初期のコケ・シダ系)の始まり。
まだ根も葉もなく、
茎のような細い体で水分を直接吸収していたが、
彼らは確かに“陸を緑化した最初の生命”だった。

つまりこの章は、
氷の絶望から生まれた“生命のリブート”。
海は再び豊かに、
陸は初めて緑に染まり、
地球は新しい顔を手に入れた。

ここから――
生命はついに、
「海だけの物語」から「陸と海の物語」へと進化していく。

 

第9章 陸の革命――最初の植物と昆虫の出現

時代は約4億2000万〜4億1000万年前
氷の時代を抜けた地球は、湿った温暖な気候に包まれ、
海だけでなく陸上にも生命の波が押し寄せていた。
シルル紀最大のドラマ――それは、陸に命が根を下ろした瞬間だった。

まず登場したのが、コケ植物や初期の維管束植物(クックソニア類)
彼らは今で言う“シダの先祖”にあたる存在で、
根も葉もない、茎だけのシンプルな体構造をしていた。
高さはせいぜい数センチ。
けれど、光合成を行い、胞子を飛ばし、
湿地の岩肌や泥の上に広がっていった。
つまり――地球が初めて緑に染まり始めた瞬間だ。

この緑化は、単に見た目を変えただけじゃない。
大気中のCO₂を吸収し、酸素を放出することで、
地球の空気そのものを改造していった。
さらに植物の死骸が分解され、
土壌(soil)という新しい環境が誕生。
それまでの“岩と砂の星”が、
生き物の暮らせる“柔らかい大地”に変わったのだ。

この変化に引き寄せられるように、
海から一部の節足動物が陸上へと進出を始める。
代表格がムカデやサソリの祖先(アラネオモルファ類)たち。
湿った地面を這い、
海辺の藻類やデトリタス(有機くず)を食べて暮らした。
最古の“陸の動物”たちの誕生である。

さらに驚くべきことに、
この時期にはすでに昆虫の原型も登場していたと考えられている。
正確には、まだ「飛ばない」タイプ――
節足動物のうち、陸に完全適応した原始昆虫(エンタグナタ類)
彼らは植物の胞子を食べ、
その活動によって植物の繁殖を助けるという、
初の陸上生態サイクルを作り出した。

つまり、シルル紀後半にはすでに――
・陸上植物が酸素を作り
・昆虫がそれを食べ
・デトリタスが分解され土壌を形成する
という、小さな生態系の循環が生まれていたのだ。

一方、海の中では魚たちが勢力を拡大。
硬骨魚が増え、
板皮魚は捕食者として頂点に立ち、
ウミサソリは次第に衰退していく。
地球はもう「海の時代」だけじゃない――
二つの生命圏(海と陸)が並行して進化する新しい地球になっていた。

この章の象徴はクックソニア
高さ10センチにも満たない小さな植物。
だがその存在が、
のちの森、花、動物、そして人間までも導く最初の一歩だった。

シルル紀の風が吹く湿原で、
その小さな茎が太陽の光を浴びたとき――
地球の物語は、
“海の星”から“緑の星”へと変わったのだ。

 

第10章 魚たちの黄金期――硬骨魚と板皮魚の覇権

時代は約4億1000万〜3億9500万年前
シルル紀のラストステージ。
陸ではクックソニアが空へ伸び、湿原が緑のベールに包まれ始めていた。
だがその足元――海の中では、魚たちの黄金時代が始まっていた。

オルドビス紀で生まれた“顎”という革命が、
この頃ついに本格的に開花する。
海の支配者は、もうウミサソリでもアンモナイトでもない。
覇権を握ったのは、板皮魚(プラコデルムス類)硬骨魚(オステイクチアン類)
彼らは、水中という舞台を完全に設計し直した。

まず板皮魚
全身を金属のような装甲で覆い、
口には鋭く噛み合う骨板。
顎の力は凄まじく、貝や甲殻類の殻を粉砕。
中でも“未来の海の悪夢”と呼ばれたダンクルオステウス(Dunkleosteus)の祖先は、
既に原型を見せていた。
板皮魚たちは浅瀬から外洋まで進出し、
頂点捕食者として完全に生態系を制覇していた。

一方、硬骨魚の台頭も無視できない。
彼らは骨格を内側に持ち、
柔軟な体で流体のように泳ぐ。
鰭(ひれ)は筋肉と骨で支えられ、
水中での姿勢制御が格段に向上。
これにより、板皮魚のような重装甲ではなく、
スピードと機動力で勝負する生き方が確立した。

この頃、硬骨魚は二つのタイプに分かれていく。
1つ目が条鰭類(Actinopterygii)
今のタイ、マグロ、金魚に至るまで、
ほとんどの魚がこの系統。
もう1つが肉鰭類(Sarcopterygii)
そう――この系統こそ、のちに両生類、爬虫類、そして人類へと続く“陸上脊椎動物”の祖先だ。

肉鰭類の代表エウステノプテロン(Eusthenopteron)は、
ヒレの中に“骨と筋肉”を持ち、
水底を這うように動けた。
この構造は、のちに“腕と脚”に進化していく。
つまり、陸上への準備が水の中で始まっていたということ。

また、魚たちの繁栄は海の生態系を根本から再構築した。
小魚を狩る中型魚、それを狩る大型魚、
死骸を分解する甲殻類やバクテリア――
食物連鎖の階層化が完成し、
現代に続く“海洋生態システム”の雛形がここで成立する。

陸ではまだ小さなコケ植物が風に揺れ、
虫たちが湿地を這いまわる程度。
だが海の中では、
神経・筋肉・骨格・感覚・顎――
生命のすべての要素が完成していた。

シルル紀の終わり。
海は知性を持ち、陸は色づき始めた。
生命は次の一歩を見据えていた。
それは――デボン紀
「魚の時代」と呼ばれる、
進化の黄金時代への序章だった。