27日の早朝、
親父が他界した。





それまで妹が、
具合が悪化しただの、
入院しただの、
メールで知らせてきたので、
親父の状態は把握していた。





もう寿命もここ数日だろうから、
担当医や婦長さんも使って、
帰ってきてほしいと連絡もあったが、
断固帰らないと拒否をした。






そして27日の早朝、
亡くなった。






もともと3年前も、
親父の肝臓ガンの悪化具合から、
寿命も一年くらいだろうと聞いて、
アパートの契約を更新しないで、
実家に戻った経緯がある。





親父は俺の帰りを待ちわびたようだったが、
戻った初日から、やっぱり意見の衝突は始まった。
意見の衝突は今に始まったことじゃない。
小学生の頃から親父は、大嫌いだった。
家族旅行も楽しかった思い出はなかった。
親父はお山の大将で、
常に自分が正しく間違いないという、
考え方の持ち主で、
そして口も何かと偉そう。
何でも知っていて当たり前、
できて当たり前、
できなければ烈火のごとく怒る。
帰っていた時、
実家は地デジを電話回線で見るのだが、
それに対して理解力が足らないのに、
電話口で「詐欺か?!」「騙したんか?!」と、
怒鳴って膠着状態だったこともあった。








だから実家に戻って、
3ヶ月もしないで、
「出ていく!」と言い離すことが、
週一で言うようになった。
学生時代は、出ていくとは言えず、
ただ我慢するしかなかった。
亡きものにしてやろうと思ったことも、
どれくらいあっただろうか?!
親父だけじゃない、
俺にとって家族は敵でしかなかった。
実家に俺の居場所はないと感じた日々だった。







そして、
家を出る最後のタイミングで、
昨年の、奇しくも自分の誕生日に、
実家を出た。
もう地元にも帰らない意識を持って。







ただ実家を出るだけでなく、
家族は知らないことだが、
本籍を実家から抜き、
分籍をした。
なので、今の俺の本籍は東京都だ。
それだけない。
本名も俺も知らなかった旧漢字が本当なのだが、
分籍のついでに、普段使っている常用漢字に改名した。






そして今、
もうすぐ告別式がある。
悩んでいる。
出るために帰るべきか、
やっぱり帰らないべきか。






帰ったら帰ったで周囲(親戚)から叩かれる、
帰らないなら帰らないでも叩かれる、
それが今の俺だから。