小学校高学年で聞き出したNHK-FM。
そして中学生になり、初めて投稿します。
そのPNは「イースター島のモアイ」だったでしょうか。
投稿数がそれほど多くなかったし、なかなか採用されなかったし、
DJの方に覚えてもらうことはなかったのですが、
ある日を境に、覚えてもらうことになります。
中2の夏休み、友達と放送局へ遊びに行くことに。
毎週土曜は「公開放送」だったので、
その楽しそうな雰囲気に、いつかは行こうと計画してて、
夏休みだから見に行こうということで、
学校が終わってから、自転車数台で伺ったものです。
その時、Fリクで絶大な人気を持っていたのがSアナウンサー。
別名「狂乱の貴公子」。
今は東京で、ディレクターをしているようですが、
徳島が初任地の新人アナウンサーで、
見た目がちょっとハーフっぽい、ハンサムボーイ。
でも東京は蔵前に実家がある江戸っ子。
体型が自称「寸胴」、自虐ネタで笑いを取る。
そのギャップがNHKアナらしくなく、
彼を目当てに約50の客席は、いつも満席でした。
女性もかなりいたような。
そんな彼の名言は、「1打数2安打」でしょう。
他にも本番中に、「鼻血」を出したり、「ベルト」が切れたり、
あまりありえないハプニングのオンパレード。
また徳島唯一の民放「四国放送」の人気番組
「あんたがたいしょう」とライバル関係にあったりと、
Fリク徳島の全盛期を支えていた方であります。
そんな人気者の彼に、曲がかかっている時に、
よくいたずらをしたものです。
特に「初対面」なのに、腕に「ゴムパッチン」をしたりして。
でもリアクションも面白いし、返す言葉も面白い。
「若気の至り」とはいえ、本当に無礼なことをしたのに、
決して怒らず、むしろ周囲を笑いに変え、
かつ紳士らしいNHKのアナウンサーでした。
もちろん仕返しもあり、「本名」が番組でばらされたことあります。
その時は体育の授業で筋肉痛になり、
大量のシップ薬をしてからのスタジオ入り、
当の本人、鼻が悪いので臭いには全然気づかず、
スタジオ中をシップ薬の臭いにしたので、
OPで学校と本名をばらされ、翌週それを聴いていたクラスメイトに
つつかれるはめとなるわけですが。
まあ投稿も多かったわけでないので、
PN=本名が知られることはありませんでしたが。
成績があまりよくなかったので、塾通いが始まり、
高校に合格するまで、投稿や訪問はお休み、
聴いてから塾に行く日々になりました。
そして高校合格に問題ないレベルになって、
少しずつ投稿を復活することになりました。
その時名乗っていたのが
PN「機動戦士Z(ゼータ)アツミンダム」。
わらべのかなえちゃんこと倉沢淳美(あつみ)さんと、
当時放送していたガンダムの続編「機動戦士Zガンダム」を、
併せて作りました。
ちなみに今名乗っている名の「S.A.M-Z」は、
英語短縮形であるので、改名しない理由でもあります。
高校に合格したら、今までの束縛が一気に解放され、
高校時代は部活動を一切せず、
毎週土曜は投稿&スタジオ通い、
そこで「好きなアシスタントのお姉さん」との出会いもあり、
高校になって、平日の「夕べのひととき」の存在を知り、
高校に行くよりも、ここの方が楽しい、居場所を感じるので、
普段の勉強もおろそかで赤点ギリギリか赤点、
進学校に通っているのに大学への受験勉強もしないで、
将来への不安や悩みも考えないで、
このあたりから、「明日は明日の風が吹く」とか
「どうにかなる」とかになっていました。
とりあえず、大学を行くことにして、
一浪して、福岡で大学生することになりました。
夏休みなどの大学の長期の休みには、徳島へ帰省するのですが、
家族といる時間より、「NHK徳島」と接している時間が、
目的で帰省していたようなものです。
当時の録音テープ、手元にありますが、
もうデロデロで聴けないだろうな。
でも大事な宝物です。