僕がこうやって窓を眺めていると、あの日も今日のように晴天だったことを思い出す。
風が吹いていたか、そうでないかの記憶は定かではないが、
今の自分の懐かしき記憶の中からすれば、そんなことは大して重要なことではなかった。
あの日、写真を撮ることを僕はすっかり忘れてしまっていた。
朝が365回来るごとにその記憶がどんどん廃れていってしまうのだ。
今、過去の自分に出会ったとすれば、きっと鬱陶しく感じるような子供であったに違いない。
いや、そうであってほしいと願うばかりだ。
今の自分が過去の自分と変わりのない人物であるということは、
その駅からまだ出発出来ない列車と同じなのだ。
時間だけが過ぎて、周りは他の手段で前へ進む。
そんな幼い僕は、埼玉県某所に住んでいた。学校は近くの公立小学校に入学した。
僕が思い出すその日というのは、
その小学校を卒業した後、もっと言えば、3月31日のことである。
しかし、晴天の日に友達と横川に行ったという記憶以外、
今の僕の中にある記憶は何1つとしてなかった。
自分の部屋の中のどの抽斗(ひきだし)に入れたのかすら覚えていない。
学校の成績が特別悪いわけでもなかった僕は、
自分の記憶力がこの程度のものであることに絶望し、
他人との劣等感を感じずにいられなかった。
「あの日僕は何をしたいんだい?」僕は少年に聞いた。
「あの日?何のこと?」少年は返した。
「恍けないでくれ(とぼけないでくれ)。君も覚えているんだろう?」
「それって今日のこと?旅に行ったこと?」
「そうだ。きっとそうだ。それについて僕は聞きたいんだ。」
「お兄さんはどこまでそれを覚えているの?」
「申し訳ないが、ほとんど覚えていない。」
「じゃあ僕も教えないよ。教えない方がいいもん。」
「どうしてだ?どうしてそんなことを言うんだ?頼む。教えてくれ。
大丈夫。その記憶は君だっていずれ忘れるんだ。忘れたら思い出せばいい。
そうだろう?だからほら、教えてくれよ。」
少年の返事はなかった。そして僕の前から少年は立ち去って行く。
待ってくれ。僕を記憶の中から追い出さないでくれ。
僕も仲間に入れてよ。君は僕なんだ。
もうあの少年と出会うことはない。
出会う必要もない。
少年が言っていた言葉をやっと理解することができた。
なんだ、過去の僕の方が頭がよかったじゃないか、
僕は何故か恥ずかしい気分になって無駄に量が多い髪の毛を掻いた。
財布から汚れた切符を出した。
あれから何年の月日が経ったのだろう。
僕もあの時から顔や性格がずいぶん変わったはずだ。
しかし、この切符にそんなことはない。
あの時も今この時も決して変わることのない姿で僕を見ている。
そして明日からまた、この切符を使って線路の上を走っていくしかなさそうだ。
この汚れた切符こそが過去の少年と今の青年を繋いでいる唯一の証拠なのだ。
僕は、そう思うと、やりかけで中断していた勉強に集中するために
そっと窓を閉じて、鍵を閉めたのだった。