私の両親には友達がいない。
父親は単純に人見知りのせいだと思うが、母親は表面的には社交的だ。
ただ、それはうわべだけ。
実際、彼女の本音は「自分が優位に立てる関係以外は要らない」といったところだろう。
そして、そういう関係を築ける相手を常に渇望している。
(きっと本人に言ったらムキになって必死で否定してくるんだろうな・・・。)
だから、私達娘の自立をなかなか許可しなかった。
自立されたら、「この娘達は私がいなきゃ生きていけない」っていう
面倒見る側と見られる側の母親優位な関係が崩壊してしまうから。
いつだったか母は私に
「お前は家事も何もできない子なんだから自立とかバカなこと考えるな」と吐き捨てた。
今思えば、そうやって私に劣等感を植え付けることで
必死にその関係を繋ぎ止めていたのだろう。
まるでDVカップルの共依存みたいに。
そうやって自分優位の関係以外を切り捨てていった結果、
還暦を迎えた今、母に友達と呼べる人は一人もいない。
そう、母は「対等な人間関係」を築くことができない人なのだ。
きっと、対等に向き合って傷つくのが怖いのだ。
自分が相手に暴言をぶつけるのはいいけど
相手からも自分がぶつけた分をそのまま返されるのが怖い。
だから母はいつも自分は言いたいこと言うくせに
私には反論させないように力でねじ伏せようとしてくる。
つまり、私が、他人が、コワイんだ。
以前の私もそうだった。
心の中で友達を見下す反面、その友達に物凄く嫉妬していた。
本音を見せて否定されるのが怖いから、常に本音を隠して見栄張って
そうして自分が優位に立った気でいた。
そんな嫌な奴だった。
でも、私を対等に扱ってくれる旦那に出会ったおかげで、そんな嫌な奴からも
卒業できたように思う。
彼は私の意見をちゃんと尊重してくれるし、間違ってると思えば指摘してくれる。
そんな今のこの関係が凄く居心地が良い。
頭ごなしに否定されることもないし、蔑ろな扱いされることもないし
何より自分のしたいことを我慢せず言ったりやったりして良いっていうのが最高に幸せだ。
友達のことも以前よりずっと大切に思うことができている。
対等な関係、それは人間が人間らしく生きて行く上でとても大事なものだ、
・・・と、最近つくづく思う。
随分と、ご無沙汰になってしまいました(^-^;
大分調子よくなってきてますが、まだ完全ではなく
カウンセリングと投薬を続けています。
記事については最近、親の事自分自身のことを分析していく中で
「私の生まれ育った家庭に一番足らない決定的なモノ」がこの対等な関係だという事に気が付いたので
久々にブログに書き留めてみました。
今後も気が向いたら書きます。。。