最近、目を疑う程に好調だ。
とはいえ、まだ安定剤とカウンセリングに頼らなくては
この状況を維持できないので、まだまだ治療の途中ではあるが
精神科へ通うことがここまで自分の人生に大きな影響を与えることになるとは思わなかったから驚きだ。
その中でも特に身をもって感じていることは
この鬱と不安症という心の病が、これまで自分の人生を
これでもか、というくらい”全力で邪魔していた”という事実だ。
やっぱり、心病んで落ち込んでしまっている状況では
何するにしても頑張れない。
「どうせ私なんて何の取り柄もないし」
「あの子みたいに可愛くないし・・・」
こうやって劣等感を強く感じて落ち込んでしまうのは日常茶飯事だった。
このような事をボヤいている人に対して
健常な人(心の病でない人)ならば
「それじゃあ、取り柄をつくるために頑張ればいいじゃない」
「愚痴ってるよりも、あの子に近づくために努力した方が建設的だよ」
このようにアドバイスをすることだろう。
実際、自分なんて・・・とウジウジ悩んでしまう私に対して旦那や友達からは
「それじゃあ、上手くなるように一緒に頑張ろうよ」
「落ち込んで塞ぎ込んでるよりも、毎日少しずつでも努力しよ?」
と、アドバイスをくれ、旦那においては実際に私が努力して上達するために
いろいろ協力もしてくれた。
それにも関わらずまだ「私は才能が無いから頑張っても無駄なんだ」
とふさぎ込んだまま、努力しようとしない私。
そして、
「こんなに真剣にアドバイスくれて協力もしてくれてるのに
まだウジウジして努力しようとしない自分はやっぱりダメ人間だ・・・。」
と、更に増幅する自己嫌悪感・・・。
「どうしてもっと前向きに考えられないの?」
健常な人ならそう思うだろう。
そして、落ち込むくせに努力しようとしない私を”甘ったれた怠け者”だと思うだろう。
でも、今、ようやくその理由が分かったんだ。
これも立派な”病気による症状”だったのだ。
何故ならば、今の私は
「私なんて・・・って悩むよりまずやってみようじゃん!」
って心の底から思えるからだ。
そして、これまで旦那や友達がしてくれたアドバイスの意味を
本当の意味でようやく理解することができたからだ。
実際の私は、”努力しないでウジウジ悩んでばっかのダメ人間”では無かったのだ。
その事にようやく気が付いた。
こうしてまた一つ、”本来の自分”を取り戻すことができた。
これからも回復に向けてどんな自分が出てくるのか、楽しみだ。