随分と更新のお約束をしてから日が経ちました。
更新を期待して読んでくださっている方には、誠に申し訳なく思っております。
メッセージを頂いた方には、少し事情があり動けてませんとの話をしていたのですが、あまり長くもこう言っておれるものではなく。
実は、今年6月20日に実父が逝去いたしました。
令和元年1月に病院で胃癌のSTAGE4を告知されて以来、彼は胃の全摘と肝臓の一部を削るという手術を受け、だいぶ体力的には楽になってたと思うのですが、元々STAGE4からの治療でドクターには完治は見込めず、余命半年程度だろうと言われておりました。
軽くは、夢に出た武装地蔵様の回のブログ記事で報告しておりましたが、当時からいつ何があっても慌てない心づもりで、介護が必要となった彼を介護しておりました。
抗がん剤オプチーボと、医療チームや介護ヘルパーの方々の協力により、自分のような無知な者でも何とか様子を見ながら日々過ごしておりました。
2週間おきの抗がん剤の投薬や、腹水が溜まるための治療など、父は意外にも副作用などの不具合もなく頑張っておりましたが、令和2年を超えた3月くらいから多少熱が高くなる日々が出てきて救急車を呼ぶことが増えたりしました。
そんな中で6月に救急搬送された時に、ドクターより残り寿命もあと僅かというお話を受けました。
その頃には、病院入院でももう余命を過ごすための治療しかしない、緩和病棟に入院させておりました。
もう父の体調が、日々熱も下がらず在宅で安心して診れる状況ではなくなっていたからです。
病院はコロナ対策で恐々としていたため、面会もなかなか取れない叶わない中、父もコロナの事はニュースなど見て理解はしていたと思いますが、寂しかったろうと思います。
そして、6月19日21時頃、病院より連絡があり、父の状況が悪いため様子を見に来て欲しいと連絡があり見に行きました。
ただ熱も薬のおかげで程々の状況で、呼吸がやはり元気な時に比べると荒い。
ドクターからは、コロナ制限下のため多人数での付き添いは無理ですが、息子さんだけなら今晩付き添い可能と言われ再度準備しに一度家に帰宅しました。
23時頃、病院に再度赴き、父の呼吸音を聴きながら病室で座っていました。
時折返事のない意識がない父に、痛みや苦痛で苦しまないよう、不動明王様、地蔵様のご真言を小声で唱えながら診ておりました。
そして6月20日をまたいだ丑三つ時、ちょうど2時くらいに『コトコトッ』という病院の機械音ではない微音が聴こえたため、お迎えが来たか・・・
そう思って、父に近づいて様子を見ると呼吸が止まっていました。
すぐにドクターを呼んで、死亡確認をしていただき、父の闘病が終わりました。
それまでが、ここ最近の経緯でした。
その後は、葬儀や父が亡くなったために各公共の名義の変更など、ちょっと介護のため疎かにしていた自身の仕事への回復などで奔走していました。
今は、今月末くらいに喪中はがきを出せば良いだけくらいに色々な手続きが終わりましたが、今は父の介護が終わったことによる緊張の弛緩と、父より更に早く10年前に亡くなった母も合わせ、自分の両親が居なくなったことによる虚無感に浸っております。
とは言え、一事が万事、元気がないわけではありません。
しばらく不変だった仕事の進め方も回復し、大好きな釣りもしています。
最近、命日にお寺さんにお経を読みに来ていただいているのですが、亡き先祖と父母のためにお経を唱えるようになるよう覚えることにしました。
今まで真言宗のご真言や祝詞が唱えれて、家の浄土真宗(お西)のお経が唱えれなかったのも変な話ですが、これも両親不在となった今の心境からの変化かもしれません。
ということで、少し心境的にナイーブ(?)になっているため、更新が遅れていますが、読んでくださっている皆さん、本当にありがとうございます。
以前宣言した通り、順序立ててスピチュアル好きな活動もしたいと思っていますのが、年内は喪中ということであまり大きな活動は気分が向かなくなっている事をご理解いただければと思います。
