私が始めて出会った哲学者はパスカルでした。中学生の時母がパスカルの「パンセ」の最も有名なくだりを教えてくれたことがきっかけです。(「人間は考える葦である…」) そして高校生の折母に連れられて、昔通った幼稚園(私は京都生まれです)、南禅寺から哲学の道を通って銀閣寺へ。。南禅寺の近くでは谷崎潤一郎のお墓にお参りしました。(哲学の道とは昔高名な哲学者が思索をしながら歩いた道として有名な道です!)こうした経験から私は漠然と哲学とか西洋思想に関心を抱く様になりました。とりわけパスカルにひかれたのは数学者でありながら人間に対する鋭い洞察が非常に優れている点です。私はロゴス中心主義や理性主義といったものが苦手で、むしろこの地上で最も尊いものはなんなのか?ということを哲学的に洞察することに関心がありました。パスカルの「パンセ」は非常に難しいので、三木清先生の「パスカルにおける人間の研究」を愛読しました。この本では特に人間の「存在の仕方」に重点がおかれて論が進められています。「存在の仕方」は人間のみならず、音楽にも問えるのではないだろうか?音楽の「存在の仕方」はいかなるものか?認識論的に、また存在論的に二つの方向性から今後も考えていきたいです。