パインのブログ

パインのブログ

パインが心に思いついたことを思いつくままに書いているブログ

 

 

巧、二十三歳の夏

仙台は湿った風に色があった。

 

白鳥巧は

定禅寺通りの仮設ブースで

薄い色のフィルターを一枚ずつ指先で送っていた。

 

昼の白

夕方の金

夜の群青。

 

数字でいえば

色温度の上下だけれど

現場ではその日の空気が決める。

 

彼は小さく口ずさむ。

プレイリストの三曲目に入れてある

あのグループの“色の歌”。

 

歌詞はしっかり覚えていない。

ただ、サビの感覚だけが

胸の奥を撫でる。

 

 

「……白鳥くん?」

 

 

振り向くと

 

 

長町すみれ!?

 

 

高校の文化祭で受付にいた

あの笑顔のまま

少し大人の輪郭をして

紺の浴衣に白の撫子が咲いていた。

 

七夕飾りの吹き流しが

彼女の肩越しで揺れ

影が頬に落ちた。

 

「久しぶり。

照明、やってるの

見てたよ。

前から

光が似合う人だと思ってた」

 

「似合う……?」

 

巧は照度計を握り直す。

褒められると

すぐ数字を探す癖が出る。

 

「ねえ

仕事終わったら

少し歩かない? 

今夜、街じゅうが

色のサンプルみたいだよ」

 

 

仕事が押して

終わりは九時を過ぎた。

 

定禅寺のケヤキをくぐって

一番町へ。

 

アーケードのガラス天井に

閉店間際のネオンがうすく映っている。

 

すみれは歩きながら話す。

東京から戻ってきて数ヶ月

イベント会社の仙台支社に仮配属だという。

 

「秋には

また東京かもしれないけどね。

色々、変わるの」

 

変わる

という言葉に

巧の指が反応する。

 

いつものように

“戻せる小ささ”

で確かめたくなる。

 

でも

夏の夜は実験の時間をくれない。

 

 

「白鳥くんは? 

何か

変わった?」

 

 

「うん。

光のこと

前より好きになった。

人の歩幅が

楽になるのを見るのが好きなんだ」

 

 

すみれは笑った。

 

「その言い方

昔とおんなじ。

面白いのに

やさしい」

 

 

広瀬橋に出ると

欄干の下から水の匂いが上がってくる。

川面の黒に

街の灯りが切子ガラスみたいに砕けて揺れた。

 

すみれは欄干にもたれて

夜の川を覗き込む。

 

「ねえ

白鳥くん。

色って

どっちが本当だと思う? 

昼の白? 

夕方の金? 

それとも

今みたいな青?」

 

「どれも本当で

どれも仮だと思う。

光は

当て方で変わるから」

 

「人も?」

 

「うん。人も、たぶん」

 

彼女は満足そうに頷いた。

 

「じゃあ

私の青

覚えてて。

今夜だけの色だから」

 

 

二人の夏は

そこから始まった。

 

休日は

七北田公園の噴水で

水しぶきを浴び

夜は台原の森の暗がりに

身を隠した。

 

すみれはよく歩く。

 

信号が青に変わる前に

次の角の話をする。

 

巧は追いながら

影を読み

足元の

“細い縁”

を探す。

 

彼女の歩幅に合わせることが

なぜだか嬉しかった。

 

 

「白鳥くん

これ

好きそう」

 

すみれは古道具屋で

薄いセルロイドの

色見本帳を見つけてくる。

 

 

ページをめくるたび

街の光が透けて

色が街を通過する。

 

「光は通り道があると

迷わないんだ」

 

巧が言うと

すみれは目を丸くした。

 

「人も同じだよ。

通り道があると

迷わない。

東京戻るの

たぶん通り道」

 

言い切る声が

風で少し震えた。

 

「仙台

帰ってくるの?」

 

「分からない。

色ってさ

季節で変わるから」

 

その言い方は

残酷じゃなかった。

 

ただ

正直だった。

 

色が変わることを

光の仕事をしている彼が

一番よく知っていると思って

彼女は言ったのだ。

 

 

夏の盛り

仙台七夕。

 

アーケードに吊るされた吹き流しは

日中と夜で表情を変える。

 

白い紙は真っ白で

夜は街灯の橙を吸って

やわらかな金に変わる。

 

「白鳥くん

私あれが好き。

夜の金」

 

「じゃあ

今日は

金のフィルターだね」

 

巧は冗談めかして言い

ポケットから

本当に薄金のシートを取り出す。

 

現場で余った端切れだ。

 

すみれのスマホのライトに重ねると

彼女の頬骨に金が乗った。

 

「――似合う」

 

心の声が出た。

すみれは照れて笑い

目尻に細い皺が寄った。

 

「白鳥くんもね。

君は青にも金にも合うよ。

透明だから」

 

透明

という言葉を

彼はその夜から好きになった。

 

透明でいることは

何色にも染まらないことじゃない。

 

色の通り道になることだ。

 

通すために

邪魔な反射を取り除く。

迷い三秒を消す。

彼が現場でしていることを

彼女は生活の中で

呼吸みたいにやっていた。

 

 

八月の終わり

急に夜が短くなる。

すみれが言う。

 

「正式に来月

東京に戻ることになったの」

 

決まってしまえば

色は早い。

 

川沿いのベンチ

風が少し冷たい。

 

彼女は

セルロイドの

色見本帳を袋に戻し

巧の膝に置いた。

 

「これ

持ってて。

いつか

使って」

 

「返すよ。

東京で

君が使えばいい」

 

「ううん。

私は

また違う色が

必要になると思うから」

 

 

言葉を選ぶ間に

風がページをめくった。

 

そして透明。

 

 

「白鳥くん

私ね

ケツメイシの

「カラーバリエーション」って

歌が好きなんだ。

それでいいって歌ってくれるから」

 

「あの歌

俺も聴いてる。

照明の仕込みの時に」

 

「じゃあ

同じ歌で

違う色を選んでるんだね」

 

別れ話みたいに

響かせたくなかった。

 

巧は

彼女の手に

スマホのライトを向ける。

 

薄金のフィルターをもう一度重ねる。

 

「今夜は

君の好きな金。

……でも

覚えておく。

君の青も」

 

「白鳥くんの透明も」

 

抱きしめる代わりに

彼は

彼女の手から

フィルターの端だけを受け取った。

 

切片みたいな小さな金。

 

ポケットの内側で

指に当たって

まだあたたかい。

 

 

九月

彼女は東京へ発った。

 

駅のホームは

朝の白で

言葉の代わりに

白い光が二人の間を埋めていた。

 

列車が動き出して

彼女の窓に金が差す。

 

ほんの一秒。

 

彼女は気づいて手を振った。

 

巧は、その一秒を丸ごと受け取る。

 

 

秋が深まる。

 

彼は仕事で

定禅寺の

イルミネーションの試験点灯に立ち会う。

ケヤキの木々に新しいLEDを這わせ

色を少しずつ上げ下げする。

通り過ぎる人たちの歩幅が

冬の準備で小さくなるのが見える。

 

「歩幅が楽になる光にしてくれ」

上司が言った。

 

「はい」

と巧は答える。

 

指先で色を選びながら

彼は気づく。

 

彼女がいなくても

通すべき道は目の前にある。

 

透明でいることを選べば

色は勝手に通ってくる。

 

帰宅して

机の引き出しから

セルロイドの色見本帳を出す。

 

最後のページ

透明の後ろに

あの薄金の切片を挟んでいた。

 

メモのアプリに三行を書く。

 

きょうの三行

今の色を選ぶ

/歩幅に合わせる

/戻れる小ささで動く

 

プレイリストの

三曲目が流れる。

 

歌は

同じなのに

巧には違う色で聴こえてくる。

 

 

僕しか出せない色

君しか描けない色

それは違うからこそ良いの

僕なら分かる君光る色

良いとこ 良い色混ぜ合わせ

シンパシー 新しい夢になる

エンパシー カラフルな絵になる~♪

 

 

彼はライトを落とした部屋で

薄金の切片を指先でなぞる。

 

夏の名残りは

温度ではなく

色で残る。

 

光の通り道は

いつでも透明な彼の手の中にある。