学校の先生が嫌いな
現役高校教員の experimentr です
このブログの簡単な紹介
会社員をして体調を壊し教員になりました
そして、10校近くを渡り歩き、公教育には幻滅し
私立教育の格差に呆れている、私立教員です
独自の視点で、言いたいことを書いて
現場を暴露します
一般的なものに当てはまらない個人的な偏った視点ですm(__)m
今回の題は
『学校の先生に不満を持っている人へ』です
学校の先生に不満を持つことは当たり前
その事にカチカチしてる人がダメなのだ!
理由は簡単です
しかし、その理由の前に、質問!
先生、教員、教師の区別は何か?
答えれる人は、先生への不満は少ないはず
日本語の意味の違いもありますが
どれも同じようで違います
社会的には、同じように扱われ
使い分けされないことが多いのではないかと
そこが、一番の問題なのです
特に、学校の先生に不満を持っている人は
まず、この理解から
そこで、私の解釈(定義 ?)では、以下なります
先生は、代名詞
政治家も弁護士、医者も先生
学校の先生も代名詞に過ぎません
教員は、職名
教職員に過ぎません
だから、その辺の公務員などと大差はありません
教師は、師
教員が認められて生徒からみて師となる
です
つまり
一般的な教員を教師とするから要求が高くなるのです
そんな師になるような教員は極一部にすぎません
あたなは、恩師は誰?と聞かれて何人もいませんよね
幸運な人はたくさんかもしれませんが・・・
せいぜい、1人いるかいないかでは?その恩師の先生も歴代の全生徒から恩師とは思われてはないはず
師になる先生もある時期では師でも
その前やそれを過ぎれば師に値しない人も多いのです
師になれる教員でも、師になれる時期が一時期なのです
教員なんて、所詮その程度の人間です
なのに
何を間違って要求しているのか?
教員は聖職者?
そんな事を言っている人は、いつの時代に生きているのか
その辺にいる人を師として
要求するあなたが間違いです
その時代のその時の生徒に認められ師になっても
時代や生徒が変われば、師も変わる
生涯に渡り師になったの人はいないでしょ?
キリストや釈迦もある時期から認められた
ただ、それだけです
学校の先生に不満を持つのは当たり前
という認識を持ちましょう