9月5日(日) 今日のすること ・ 美容院に行く ・ ひもかわうどんを食べてみる ・ 勉強会

9月6日(月) 今日のすること ・ 午前、保育園での仕事

9月7日(火) 今日のすること ・ 締め切りの近い書類を終わらす 

9月8日(水) 今日のすること ・ 夜、友人と会う 

9月9日(木) 今日のすること ・ 1日休み のんびり過ごす  

 

勤務している就学相談では、7月~8月は年長さんの知能検査や発達検査を取ることが多い。

検査をしてからだいたい1ヵ月位は所見を書くのに時間がかかるため、9月は検査の結果を保護者に返すことが多くなってくる。

 

検査結果を保護者に伝える中で、よく質問で「IQの数字は変らないって聞いたんですが、この先ずっとこの数値なんでしょうか?」と聞かれることが多い。

 

 

「知能は生まれつきのもの」「IQはずっと変わらない」というイメージを持っている人が多いかもしれない。

実際にこれまでの歴史的背景では「知能は遺伝的なもので生まれついたもの」と考えられていた(例えば、Galton,F.)。

ビネー式知能検査の開発者である、Terman,L.Mも「知能検査の結果は、生涯を通じてほぼ変動しない」と定義し、長い間、知能やIQは変らないものという考え方が主流だった。

 

知能検査の歴史的背景は1900年代初頭から始まり、もともとは、知的障害の判定や診断に用いられるために開発されたものである。

その後研究は進み、1960年代後半から、IQの数値から年齢より遅れているかそうでないかをただ判断するのではなく、その子の得意分野や苦手な分野を一つ一つ分析していくことで、その子どもに合った支援や指導を考えていくためのものへと知能検査の目的は移り変わってきている。

 

その歴史的背景の中で研究が進み、“知能は生まれつき変わらないもの”という考えから、現在は“知能は環境との相互作用の中で獲得していくもの”という考え方が主流になってきている(例えば、Anastasis,A.)。

 

つまり、環境によって知能は変っていくというもの。

「知能検査の数値は変わりうるもの」であり、実際に数年置きに検査を取って経過をみていくと、IQや凸凹までも変わっていく場合がある。

 

実際に検査を取っていても、年長さんのときの結果と小学校入ってからの結果、中学就学前の6年生の結果などは、同じ子どもでも変わる場合が多い。

 

分かりやすい例えとして、知能を“りんご”“みかん”にたとえたものがある。

 

昔の考え方の知能は“りんご”で今の知能の考え方は“みかん”というもの。
 

りんごを包丁で半分に切ると、同じ果肉がつまっていている。

昔の知能の考え方は、知能は単一のもの(中身は一緒)なので、中身より大きさ(知能が高いかどうか)が重視されてきた。
 

現在は、知能は単一ではなく、複数の能力(認知特性)から成るもの(CHC理論の考え方が主流になっている)で、みかんでいうと、みかんは皮をむくと複数の房がつまっていて、それぞれ大きかったり小さかったりする。

 

みかんの中身のように、人間の知能は複数の房(能力)からなり、全体のサイズとともに、大きい房(得意なこと)や小さい房(苦手なこと)のバランスを見ていくことが大切だとされている。

 

その子の得意不得意の分野を見分けた上で、大きな房(得意なこと)に着目して、それを活用した支援を考えていくことが必要となってくる。

 

支援の環境が整ってくると、凹凸も変化してくることがある。

逆に環境が整っていないと、そのことが数値に影響してくることもありうる。

 

なので、「IQの数字は変らないって聞いたんですが、この先ずっとこの数値なんでしょうか?」と聞かれたときには、数値は変わりうるものであることと、あくまで知能検査の数値は検査場面での子どもの反応から得られた限定的な結果なので、その子どもの全てを表しているものでもないし、数値も絶対的なものでもないことを伝えている。

 

おすすめとしては、必要に応じて2、3年ごとに取り直して、その都度、支援環境や支援方針を見直していくといいんじゃないかなと思う。

 

 

 

 

 

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髪を切りに行ったついでに食べてきた鬼ひもかわうどん。


群馬の郷土料理で、横幅が広く、薄く平べったい麺が特徴。

 

お土産で何回かもらったものが美味しくて、外でも食べてみたなと思い、銀座の花山うどんに。

もちもちした食感でおいしかった。

わさびが美味しかったので、家でも試してみたいな。

 

 

 


  

 

 






 

8月31日(火) 今日のすること ・ 仕事の見通しを立てる

9月1日(水) 今日のすること ・ 友人に誕生日のラインを送る

9月2日(木) 今日のすること ・ 締め切りが近い書類の見通し ・ 考えをまとめてアウトプットする

9月3日(金) 今日のすること ・ 大学の仕事と書類を提出 ・ 友人にメールを送る 

9月4日(土) 今日のすること ・ 朝、カフェで日記の振り返りと報告 ・ 午後から仕事に戻る  

 

家にいると、悲しくなるくらい、不注意や確認不足から生じるやらかしが多い。


昨日も朝から冷蔵庫を開けたら常温保管してるはずのオリーブオイルが入っていたり(多分、昨日の夜に使ったものを、別の事を考えながら片づけたため、冷蔵庫に入れてしまったと思われる・・)、目の前にあるビタミン剤に気づかずに、ストックがなくなったと思ってアマゾンで注文してしまったり(同時に楽天で買う予定にしていた本まで注文してしまい、慌てて2つともキャンセルに・・)

キッチンの蛍光灯が切れていたので、アマゾンで新しくLEDの蛍光灯を注文して届くも、家が古くてLEDに対応していなかったようで、何度やっても電気はつかず・・・

調べたところ、工事が必要そう・・

もったいないことしたなぁ・・と悔しい気持ちで普通の蛍光灯をまた発注したりと・・・


120センチの蛍光灯なんてどうやって捨てていいのか分からずで、廃棄の仕方をまた調べないとかぁ・・と憂鬱な気分に・・・・


そんなときは、何をしてもうまくいかずで、電子レンジで温めたご飯を落としたり、食器洗ってても何度も水を跳ねさせたりと、負のループ。


 朝からそんなんで疲労困憊。

一つ一つは些細なことなのに、連続して続くと、自分のミスとはいえ悲しい気持ちになる・・

 

やってしまったことは仕方ない・・

キャンセルしたり再注文したりと、できるかぎりで対処した。

 

気持ちも少しでも和らげようと、最近お気に入りのハンドクリームで気分転換。

ワンダーハニーのピュアキンモクセイは金木犀そのまんまのいい香り。

とげとげした心に、懐かしく甘い秋の香りがほっとする。


「そんなときもあるよね」









 

8月25日(水) 今日のすること 💮・ ウェイスについて職場の人に言う

8月26日(木) 今日のすること ・ 仕事の見通しを立てる ・ ウィスク研修会

8月27日(金) 今日のすること 💮・ 研修会で紹介差された論文について調べる 

8月28日(土) 今日のすること ・ ローソンでロールケーキもらう

8月29日(日) 今日のすること 💮・ 楽天証券登録する ・ 論文をプリントアウト 💮・ お風呂掃除  

8月30日(月) 今日のすること ・ 保育園での仕事 ・ カフェで日記の振り返り

 

この間受けた健康診断でのできごと。

レントゲン検査のときに「息をすって~」の後に「は~い、そのまま息を軽く止めてください」と言われた。

 

息を軽く止める・・?

軽く止めるってどうするの・・・?

 

わたしの中には息は止める止めないかの2択しかなかったので、“軽く止める”という指令に動揺が走った・・・

 

その後も、3回ほど撮影は続き、その都度「息を軽く止めてくださいねー」と病院の人に言われ、「???」になりながら、

わたしはただ息を止めていた。

何も指摘されなかったので、多分それで良かったのかな・・。

 

 

保育園や幼稚園の先生からよく受ける相談に“指示の理解”についてがある。

 

「一斉指示を聞いて動くことがむずかしい」

 

「保育者からの指示が通りにくい」 

 

「何と言われているのか・問われていることを理解できていないときがある」 

 

「話をした際に伝えたことが理解できているのか分からないことが多い。本人に問うが反応が返ってこないこともある」 

 

「3つ以上の指示になると2つは抜けてしまう」

 

などなど。

 

 

先日も、5才の年中さんのお子さんで、<日常生活で頻繁に見聞きしている物の名前や指示は分かるようになってきたが、応用がむずかしい。どう接していけばいいのか>といった相談が保育園と保護者から受けた。

 

詳しく聞いていくと、「テレビの前にあるコップ持ってきて」と伝えると、テレビの近くでうろうろしたり、「お箸をお皿の横に置いておいてね」と伝えると、どうしていいのか分からずに困ってしまうとのこと(普段はスプーンとフォークを使っていたので、“お箸”という言葉にも馴染みが薄かった)。

 

このお子さんの場合は、テレビやコップ、お皿といった日常生活の中で繰り返し経験している言葉であれば理解できる力が育ってきているようだった。

 

けれど、“前後” “上下” “左右” “遠近” といった抽象的な言葉の理解はまだむずかしい様子。

 

こういった曖昧な言葉の理解が苦手なお子さんは、日常場面の中で

 

「クレヨンをお道具箱の前に置いておいてね」

 

「お皿の上に粘土を乗せるよ

 

「〇〇くんの右側に並ぶよ」

 

昨日は何して遊んでたの?」

 

といった指示や問いかけは理解が曖昧になりやすかったり、応答がちぐはぐになりやすかったりする。

 

子どもが言葉を理解していくためには、まずその言葉と似た言葉を区別でいたり、その言葉がどのような状況や文脈で使われてることを理解していくことが必要となってくる。

 

例えば、“お箸”であれば似たようなものに、スプーンやフォーク、コップがある。まずは、物と名前の一致(スプーンと見てスプーンと分かる)から始まり、言葉の理解が進んでいくと、これらをみんなまとめて食器という概念として認識できるようになってくる。

 

食器という概念が理解できてはじめて「食器を片付けてね」の指示に対して、スプーンやフォーク、お皿をまとめて片づけられるようになる。

食器という概念がまだ理解できない子には、「スプーンをしまうよ」「次はお皿を片付けようね」と具体的に一つずつ伝えていったほうが分かりやすい。

毎日、ごはんを食べる経験の中で、“お皿をテーブルの上に置く”とか“スプーンですくって食べる”といった動詞などの理解も進んでくる。

 

なので、日常生活では、見たり、動かしたり、触ったりといった実際の経験の中で、言葉の属性や色や形、大きさ、動きなどの特徴についても丁寧に言葉がけをしていきながら“分かる言葉”を育んでいくことも、言葉の力を伸ばしていく関わり方の一つとして大切だと思う。

 

曖昧な言葉の理解が苦手なお子さんには、できるだけその子に分かる具体的な言葉で伝えながら、実際にやって見せてあげたり、一緒にやってみる関わりがあると分かりやすくなる。

 

反対に、「ちゃんと座って」とか「~しちゃだめだよ」といった声かけになると、どうしていいのか戸惑いやすい。

 

“ちゃんと”ってどうしたら“ちゃんと”なのか、~しちゃだめって、実際にどうしたらいいのかが分かりづらい。

 

“手はお膝だよ” “〇〇のおもちゃを箱にしまうよ” と具体的に伝え、やってはいけない行動をしているときは、やってはいけないことをやめた後の行動を具体的に伝えてあげたほうが分かりやすい。

 

子どもだけじゃなく、大人の世界でも抽象的な言葉が得意な人もいれば、具体的な言葉で言ってもらった方が分かりやすい人もいる。

わたしは具体的な方が分かりやすいけれど、抽象的な言葉が得意な人には具体の話は冗長で分かりにくいらしい。

 

例えば、会社の会議後の片づけの場面。

 

同僚Aさんから「本は本棚に返して、飲み物は冷蔵庫に戻して、椅子と机は倉庫に返して・・・それと鍵は受付の戻して・・後は・・」

 

と言われたBさん。

 

「要は「片づけておいて」ってことだよね?」

 

“片づける”という抽象概念は、本も飲み物も、椅子も机も鍵も「元にあった場所に戻す」ということを表せてしまう。

なので、人によっては具体的に一つ一つ言われるとまどろっこしく感じてしまう。

 

けれど、反対にBさんが「この部屋片づけておいて」

 

とAさんに伝えたら

 

「ええっ。本はどこにもどすの?椅子や机はどういう向きで戻しておけばいいのか分からないし。鍵は誰に言えばいいの?」となるかもしれない。

 

 

場面や状況、関係性、その人の価値観や理解によるものも大きいし、“具体と抽象”というのはむずかしいものだなと思う。

 

健康診断では、“軽く息を止める”のほかにも、“少し横を向いてください”とか“大きく胸をはって下さい”と言われて戸惑った。

それってどのくらいすればいいのかが分からない・・

 

軽い  少し  ちょっと  とっても すごく・・・

 

簡単なようで意外とむずかしい。

 

わたしには“重い”ものでも、ある人によっては“軽く”なる。

ある人にとって“多い”なと思うものでもわたしにとっては“少ない”ことも。

 

けど、日常はそんな言葉で溢れている。 

 

採血後のテープを捨てるゴミ箱の場所が分からず、病院の人に尋ねたら洗面台の方にあると教えてくれた。

その場所に行くと「テープはこちらに捨てて下さい」と張り紙があり、張り紙の近くには大きいゴミ箱と小さいゴミ箱の2つゴミ箱。

 

「こちらってどちらのゴミ箱なのさ・・・」

 

よくその場所を見渡し、少し考えれば、洗面台にはペーパータオルがあって、大きいゴミ箱は多分ペーパータオルを捨てるゴミ箱だということが推測できた。

小さいゴミ箱がテープを捨てるゴミ箱なのね、と分かったけれど、それをすぐに判断できる人もいれば、わたしみたいに手こずる人もいる(実際に間違えて大きいゴミ箱に捨ててしまってから気づいた・・笑)。

 

「テープは小さいゴミ箱に捨てて下さい」と具体的に書いてくれたらいいのになと思いつつ、細かく書かなくても分かってしまう人が多いんだろうなぁ・・・

 

適当に捨ててしまう前に、1回立ち止まって考えるように気をつけようと反省(笑)

 

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最近のおいしかったおやつ。

ミセスエリザベスマフィン。

小さいサイズがあるので種類が食べれてうれしい♪



 

 



 

 


 

8月16日(月) 今日のすること ・ 保育園での仕事 💮・ ボタンをつける   8月17日(火) 今日のすること ・ 1週間の仕事の見通しを立てる 

8月18日(水) 今日のすること ・ 締め切りが近い書類仕上げる  8月19日(木) 今日のすること ・ 家で大学の仕事 8月20日(金) 今日のすること ・ 友人と会う 8月21日(土) 今日のすること  ・ 午前仕事に行く  ・ 午後はのんびり過ごす 8月22日(日) 今日のすること ・ 日記の振り返り 8月23日(月) 今日のすること ・ 職場に書類を忘れずに持っていく 8月24日(火) 今日のすること ・ 1日のんびり過ごす 

 

自宅でやりがちな“1人反省会”

 

あの場面では


“あぁ言えばよかった・・”

“あんなこと言わなければよかった・・”

“あぁしておけばよかった・・”


そんな思考がぐるぐるまわる。

 

最近は、職場内でのことであれば、やっぱり言い直したいと思ったことは伝え直すようにしている。

相手からしたらもう過ぎた話なので、驚かれたり、「え、なんでしたっけ?」と忘れられていることもあるけれど、自分の中では言い直せてよかったなと思える部分の方が多い。

 

職場内だと、ほぼ毎日顔を合わすし、ある程度お互いがどんな人たちか知っているという関係性のもと言えるというのが大きい。

 

けど、関係性がない場合、言うことにはめちゃくちゃ労力を使う。

 

5月末に引っ越して、家にはエアコンがなかった。

 

暑いのはそんなに苦ではないので、しばらくなくてもいいかなと思ったけれど、その時は5月にしては気温と湿度も高かったので、エアコンを購入することを決めた。

 

調べたら、


①ネットでエアコンだけを買って、自分で取り付け業者を頼む 


②取り付け工事もセットになっているエアコンを買う 

 

この2択がだいたい同じくらいの値段でできそうだった。


②の取り付け工事もセットになっているエアコンを買うほうが、取り付け業者を自分で調べて頼む手間が省けて楽かなと思った。


ちょうどその時期、楽天のイベントもやっていたので、ポイントがつくぶんお得だったので、楽天で取り付け工事がセットになっているエアコンを買った。

 

5月25日に注文して、エアコン販売業者のサイト説明だと

2~4日以内で委託の工事会社から電話が来て日程を決める日程が決まり次第商品をお届け → 取り付け日にエアコン設置  注文日より3週間程度の目安で設置ができると書いてあった。

 

なので、6月中旬までにエアコンがついてればいいかなと思っていた。

 

けど、25日に注文してから1週間、委託の工事会社からの連絡は来なかった。


さすがにおかしなと思い、販売業者に6月1日にメールで問い合わせを出したところ、今日中に連絡をさせるように委託業者に伝えると、その日に返信をくれた。


そのときに初めて、わたしが電話番号を間違えて書いていたという痛恨のミスに気づいた・・・


再度、謝罪と正しい電話番号を伝えたら、それにもすぐ返信をくれて、委託業者に電話番号を伝え直してすぐ連絡させるのでお待ち下さいと

対応してくれて一安心した。

 

6月1日は委託業者からの連絡は結局こなかった。

翌日2日の午前、委託業者と思われる知らない番号からの着信履歴が残っていた。

仕事中で出れなかったので、お昼と夕方かけなおすもつながらず。

その日は4回かけてみたけど、1度もつながらなかった。

 

そのまま、6月3日、4日と委託業者からは何の連絡も来なかった。

さすがにイライラしてきて、6日の日曜日までに連絡が来なかったら、エアコンをキャンセルにするか、もしくは自分で取り付け工事の業者を探すので、取り付け工事無しの値段に変えてエアコンを発送してもらえないか、問い合わせしようと決めた。

 

結局、6日の日曜日まで、委託業者からの電話は来なかった。

なので、<5月25日より委託業者から連絡がもらえてないこと。これ以上の期間は待てないので、業者設置を省いた金額での注文に変更できるかどうか、変更が難しい場合は購入キャンセルの対応をお願いします>と販売業者にメールした。

6日午前にメールをして、お昼前に販売業者から返事が来た。

ご迷惑と不快な思いをさせてしまったことへの謝罪と、委託業者にへ厳重注意をした上で、今後は真摯に対応をするように申し伝えたこと、工事費を省いた額でエアコンのみのお買い上げも可能でありその値段についても書いてあった。

 

わたしが電話番号を間違えて伝えてしまったことへの後ろめたさも少しあったので、まっとうな対応に正直ほっとした。


エアコンのみに変更してもらうように再度メールをしようと思っていた矢先、2日に不在着信があった知らない番号からワン切りで電話が来た・・・


なぜにワン切り・・・


わたしからすぐにかけ直すと今回はすぐにつながった。

「折り返しの電話ありがとうございます。エアコンの日程について決めさせてください。」と電話口から早口の女性の声がして、混乱した・・。


ワン切りもしかり、そもそもずっと連絡してこなかったことについてはスルーして、日程について決めるってどうなのよ・・・それにエアコンだけで買うように変更しようと思っていたのに・・と色々と思いながらも、その場では言うことができなかった・・・。

 

日程も「最短で6月27日です。時間の選択はできません。」と素っ気なく言われ、<じゃあそれでお願いします・・>と答えてしまった。

 

真摯な対応には到底思えなかった・・

電話での態度も感じが悪かったのと、わたしが電話番号を間違えていたことはあったにしても、連絡遅くなったことについては一言あってもいいんじゃないかと思い、電話を切ってから、イライラとモヤモヤが止まらなくなった。

こんなイライラした状態で6月27日まで待つのか・・この先あの人とまたやり取りしたくないな・・・

日にち決めてしまったけど、キャンセルして新たに注文し直したほうがいいのか・・

 

値段的には、今の状態のまま我慢していたほうが安い。

けど、信用できない委託業者とのことを抱えたまま1ヵ月過ごすのはストレスになる・・。

値段では損してしまうだろうな・・ 新しくエアコンを買うならまた調べなきゃだ・・ 取り付け業者も調べて連絡しなくちゃいけない・・・

めんどくさいから我慢しようかな・・・

けどイライラする・・・

ぐるぐると考え続けていた・・・

 

これまでだったらめんどくさいが勝ってしまい、我慢することを選択することが多かった。

 

けど、今回は一つずつ片づけていくことにした。

まず、自分で取り付け業者頼んだ場合、今と比べていくら損するのかを可視化して比べてみたら、3000円程度だった。

取り付け業者も6月27日よりも早くできるところはいくつかあった。

3000円の違いで、取り付けまでの1ヵ月間、嫌な気持ちを引きずる方が嫌だし、早く取り付けも終わらせたい。

 

なので販売業者に再度メールをした。

これまでの委託業者の一連の対応を細かく書いた上で、不信感が大きいので別の工事会社を手配すると考えている。そのため、エアコンのみの注文に変えてすぐに発送してもらえないかとメールした。


クレーマーに思われたらちょっと嫌だな・・とも思ったけれど、自分の中ではありえない対応だったので伝えることにした。


エアコン業者はすぐに対応してくれて、エアコンのみ買うことができた。

 

取り付け業者はくらしのマーケットのアプリで探した。



エアコン取り付けを料金と口コミで比較!- くらしのマーケットエアコン取り付けを料金・相場・口コミで比較するなら「くらしのマーケット」。評判の良いエアコン取り付けのプロをオンラインで簡単に予約しましょう![保証制度完備!]リンクcurama.jp


日程が早めに取れ、なおかつ口コミの多い人を探して、やり取りをしたけれど、こちらも1回目の人は質問したことへの回答がずれてたり、そもそも回答がもらえなかったり、記載してある値段より高くなったので、やり取りの時点でキャンセルを伝えた。

これも、またやり直しかぁ・・と滅入る気持ちはあったけれど、やり取りの時点でうまくいかない人に頼むのは嫌だった。


2つ目に頼んだところは、口コミ数も少なく、値段も少し高くなってしまったけれど、口コミに書いてある評価がとてもよかったこと、実際にやり取りする中で、質問に対して丁寧に答えてくれて、応答がとても誠実だったので、その人にお願いすることにした。

 

結果的に、13日に設置に来てもらえ、事前のやり取り通りのとても丁寧で親切な人だった。


ちょうどエアコンを設置してもらっているときに、リビングにつける照明が宅急便で届き、その照明もご厚意で取り付けてくれた。

ペンダントライトで余分なコードの長さ調整が1人だと大変そうだったので、ありがたかった。

 

金銭的には少し高くついたけれど、日程も早く出来、なにより気持ちよく終われたので、めんどいなと何度も思ったけれど、我慢せずに後からでも伝え、変更してよかったなと思ったできごと。

 

クーラーは早めにつけてもらえたけれど、その後気温が下がり結局8月になってから使い始めた(笑)

 

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香りが好きで追加購入した香十のお香。

“あの曲がり角の金木犀”

 

朝は“檜の木漏れ日”、日中は“あの曲がり角の金木犀”、夜は“古都のはんなり白檀”で夏の香りを満喫。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

8月11日(水) 今日のすること  ・ 後輩の書類添削して戻す

 

8月12日(木) 今日のすること ・ 健康診断 ・ 夜、友人と会う

 

8月13日(金) 今日のすること ・ 仕事の帰りに週末の買い置き

 

8月14日(土) 今日のすること ・ 掃除と洗濯 ・ 友人と会う

 

8月15日(日) 今日のすること ・ 1日のんびり過ごす 

 

先月の朝日新聞の記事。

ギフテッド「突出した才能の子」国が支援へ

 


「ギフテッド」と呼ばれる子どもの教育支援を、文科省が2年かけて検討していくことが決まったそう。

高い知能指数など、同世代の子どもたちと比べて突出した才能を持ちながらも、学校で不適応になり不登校になるケースも指摘されている。

 


2007年から特別支援教育法学校教育法に位置づけられてから10年以上経ち、知的な遅れがない発達障害の子どもたちや、境界知能やグレーゾーンと言われている、IQ70~79(もし、同じ年齢の子どもが100人いたら、6~7人くらいの割合でいる)の通常の学級で困り感が大きく出やすいタイプの子どもたちへの認識や支援は少しずつ広まってきたように感じる。

 

けど、一方でIQが高い子どもたちへの認識はまだまだ薄い。

グレーゾーンといわれている子どもたちに比べると人数の割合が少ないことや、私立を選択している子どもたちもいるので、通常級に在籍している高IQの子どもたちの数の割合は、より少ないというのもあるのかもしれない。

 

WISC-ⅣのIQ(知能指数)正規分布というもので表されていて、IQ100が平均になる。


もし、同じ年齢の子どもが100人いたら、その中の約80%(80人くらい)はIQ80~119の間に入ってきて、これを平均域と呼んでいる。

大部分の子どもがこのIQ80~119の中に入ってくる。
IQ100を中心にIQが高くなればなるほど、低くなればなるほど、人数の割合はどんどん少なくなっていくのが正規分布というもので、WISCの数値もこの正規分布で表されている。
 

IQ130以上の子どもたち(この子たちがギフテッドと言われることが多い)の割合は2.2%なので、もし、同じ年齢の子どもが100人いたら、その数は2人位しかいない。


就学相談で年間100人近い子どもの検査をとっていても、IQ140を超える子どもは年に数人くらいしかいない。

 

ギフテッドといわれるような子どもたちは、処理速度やワーキングメモリーに比べて、言語理解知覚推理力が顕著に高い

 

ワーキングメモリーも高い数値を出す子もいるけれど、処理速度は言語理解や知覚推理に比べると低くなる子どもが多い。


思考力の高さや、頭の中で処理していくスピードも速さに比べると、鉛筆を使って書いていくといった作業的な活動は、その子の中では苦手な傾向の子が多い。

 

ここ最近検査をとったIQ140前後の9歳の子どもは、高校生が解くレベルの数学の問題をわずか数秒で答え(しかも正解している)、頭の中でどう考えてるんだろ・・・と驚いた。


検査中は脱線して相対性理論について楽しそうに話していた。

去年検査を取った、IQ140前後の別の8歳児も、検査中わたしに相対性理論についていきいきと話していた。

 

IQが高い子どもはアインシュタインが好きなんだろうか・・。

話は難しくて、わたしには理解しきれなかった。

 

この2人が同じ小学校だったらお互いに話せる子がいてよかったのかもしれない。

小学校2年生、3年生の子どもで相対性理論について話をされてついていける子どもはまずいない。


話をされた子どもたちはめちゃくちゃ困惑するだろう。

大人の私ですらついていけないのだ。

 

検査が終わったあとに「普段休み時間何してるの?」と子どもに尋ねたら「算数の先生の教室に行って、先生といつも話している」と言っていた。

その子の興味のあることについて話せる人は、学校だと大人しかいないだろうな・・と思う。

 

IQが高い子どもたちと関わっていて思うのは、知的な力と情緒的な成長とのアンバランスさが大きい気がする。


知的好奇心が高く、相対性理論についてお話ししたりと、大人でさえついていけないような話をすらすらと口にする一方で、“やらないでね”って言ったことをわざとやって、わたしから注意されることを喜んだり、間違いを指摘するとむきになって言い返してきたりと、情緒的には8歳、9歳の子どもらしい面もたくさんあるのだ。


情緒的には年齢相応の成長をしているのに、周りからしてみると、その能力の高さから、その子の気持ち的な部分、幼い部分は見過ごされてしまいやすい気がしている。

 


小学校2年生のIQ140の子どもは、特別支援教室の申込みで就学相談に来てWISCをとったけれど、検査結果を学校に戻すと<能力が高いので、大丈夫だと判断した。申込を取り戻す>と連絡が来た。

能力が高い = 大丈夫 なわけないと思い、非常にもやもやした。


能力が高い故に、周囲から理解されづらく、そこから不適応につながる部分だってある。

周りに自分の話を分かってくれる・理解してくれる人がいない中で毎日学校生活を過ごしていくというのも、相当しんどいんじゃないかなと思う。


同じく、高IQの小学校6年生の子どもは、2年生からずっと不登校になっていた。

今回は中学就学の相談で来たけれど、中学からは私立を選択肢に入れているとのこと。

 

検査結果を保護者や学校に返すときに、<学校以外の場で、その子の興味関心や知的好奇心を満たせる場所やお話しできる場所をできるだけ作るようにしていって欲しい>

それによって、その子の持っている能力をより伸ばしていけるようにサポートしてもらいたいということと、

<その子が話していることは大人顔負けなことも多いけれど、一方で情緒的には年齢相応の子どもらしい部分もたくさんあるので、そういった面を見過ごさないで受け止めていってもらいたい>と伝えている。

 

新聞の記事では具体策の案として、大学や民間団体が行う学校外の学びを利用することも挙げられたいた。


能力の高さに限らず、どんなタイプの子どもにも、その子が困り感や生きづらさみたいなことを感じたときに、選択できる支援の幅を広げていくことが大事なんじゃないかなと思う。