男は喉の渇きで目を覚ました ![]()
つい調子にのってとっときのウイスキーを呑みすぎてしまったようだ![]()
あんなに時間を気にせず酒をのんだのは何年ぶりだろう![]()
これからはこんなことが出来るんだ![]()
そう、男は長い刑事生活を定年退職したのだ
ノンキャリアの叩き上げ刑事だったが
コツコツ証拠を積み上げ犯人を追い詰めていくその姿は
頭の固いキャリア組からも一目置かれていた存在だったのだ![]()
いろいろな思い出が頭をよぎっていく
そのなかでも生涯忘れることができない出来事がある
あれは刑事となってから何年目だったろうか・・・
ある殺人事件があった![]()
かなり凄惨な現場で男がたじろぐほどの酷さだった
犯人はその家の嫁で、殺人には似つかわしくない姿形だった
だがその女のあまりの無表情と態度に、男は思わず
おい
わかっているのか![]()
お前は人を殺したんだぞ![]()
そう詰めよっていた
女は男を見つめ、やはり無表情に言った
「はい、私はこの人達を殺しました。
でも、私はこの人達に心を殺されたんです。」
この一言は男の胸に突き刺さった
今まで事件だけをみて犯人を追い詰めていた男は
その事件の背景をも見る気持ちを持つようになった
それは後に男を「人情派」と謂わしめる所以となったのだった
あの言葉は忘れられない・・・
それからは何かあるたびにその言葉を戒めとしてきた
犯人を追い詰めるとき
被害者と接するとき
加害者家族と接するとき
そして自分の家族と接するとき
自分はこの人達の心を殺してはいないか
と・・・
男は改めて誓った
妻や子供達にたくさんの我慢をさせてきた
恨まれても仕方ないこともあったろう
だが、これからはいい父親いい祖父、そしていい夫として暮らしていくからな![]()
心を殺したりしない
おっと、喉が乾いていたんだ![]()
男はキッチンに向かった
リビングの近くに来ると、家族の話し声が聞こえてきた
男の定年退職の祝いに子供達が来ていたのだが、まだ帰っていなかったのか![]()
「お父さん定年かぁ。長かったわねぇ。」
娘の声
「これから毎日家に居るのよ
たまったもんじゃないわ![]()
あの人はいいわよ
今まで仕事仕事って仕事を口実に好き勝手やってきたんだから![]()
何でも私に押し付けて![]()
どれだけ私が我慢してきたか
」
妻のヒステリックな声が響く
「母さんやめろよ、父さん起きちゃうぞ。」
息子の声だ
「あんた男だからわかんないのよ、ネェ母さん。」
「ま、ここまで我慢してきたんだから、これからも何とか我慢するわよ
どうせ体ガタくるでしょうしね
なんせ不摂生がすぎる職業ですからね。
長生きなんかできっこないわ。
そしたらユックリするわよ母さんは。」
ひでえな![]()
ひどいわね母さんったらぁ![]()
そう言って笑い声をたてている妻と子供達![]()
心はとっくに殺してしまっていたのだ![]()
そしてとっくに殺されていた![]()
男は水を飲むのも忘れ
その場に立ち尽くしていた
Dパターンへ ![]()