木古内の海
のそばにこの像は建っています
『木古内の坊』
《明治のはじめ、友吉 という少年が父・弟と三人で住んでいた
友吉は身長が6尺(180センチ)近くあったが、目が不自由だった
しかし父が年老いていたため一家の大黒柱となり
『木古内の坊』
《明治のはじめ、友吉 という少年が父・弟と三人で住んでいた
友吉は身長が6尺(180センチ)近くあったが、目が不自由だった
しかし父が年老いていたため一家の大黒柱となり
つけ木(今でいうマッチ)を売って生計をたてていた
周囲の人はそんな孝行で真面目な友吉を可愛がり
周囲の人はそんな孝行で真面目な友吉を可愛がり
彼が43歳という若さで亡くなった時には、墓を建てた
それから数年後
それから数年後
大阪の千万長者の家に男の子が産まれたが
両手をギュッと握り締めたまま一向に手を開こうとしなかった
医者に見せてもわからず頭を抱えていると
医者に見せてもわからず頭を抱えていると
旅の占い師が来たので見てもらった。
すると…
この子は木古内にいた木古内の坊の生まれ変わりだ
この子は木古内にいた木古内の坊の生まれ変わりだ
坊の墓の土を両手に塗ると必ず開くだろう…
そう言い立ち去った
そのとおりにすると、手は開き
生まれ変わりと言われたその子はやはり親孝行で
そう言い立ち去った
そのとおりにすると、手は開き
生まれ変わりと言われたその子はやはり親孝行で
こんないわれがあることを知ったのは今回が初めてでした
木古内にはこの話しにちなんだ
「孝行餅」「孝行羊羹」というのがあるそうですよ
4へ

木古内にはこの話しにちなんだ
「孝行餅」「孝行羊羹」というのがあるそうですよ
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