FF(future fiction)

「日本消滅」ーー

そして 「倭(やまと)」創建へ (6)

 

登場人物(2025年現在)

神子 輝夫(かみこ てるお 1967年生まれ58歳)

神子 菫(すみれ 54歳)

神子 健二(輝夫の父)(2023年没享年81)

神子 小夜子(80歳健二の妻)

卓(すぐる 29歳 輝夫・菫の長男)

渚(なぎさ 26歳 卓の妻)

神子 健(たける 卓・渚の長男・当歳)

 

 

天皇ご一家は神々が仮寓へ

 

読者の中には 「東京が消滅して 皇居はどうなったのだろう?」とご心配の向きも

あろうかと思うので まずはその点を説明しておこう。

正勝吾勝々速日天忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)様と

天之手力男神様(あめのたぢからおのみこと)様のお二柱の神様が相協力して東京及び

首都圏を抹消しようとご計画なさっておられた時 そのことを天之手力男神様から

知らされた天照大御神様は間髪を入れず 神産巣日神(かみむすひのかみ)様と

多紀理毘売命(たきりひめのみこと)様に八咫鴉(やたからす)を遣わし

「上皇夫妻と今上天皇一家をそれぞれ京都御所と二条城へ別々に 侍従も伴わせ

て速やかに移してくださるまいか?」とご依頼なされた。

「その折に八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)も忘れずに」と。

 

そのご依頼を受けたお二柱は 上皇ご夫妻及び今上天皇ご一家がおやすみの間

に夢の中でその旨をお告げなされ 告げ終わるや否や 一瞬でお移し終わられた

のである。もちろん 八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)も一緒に。

(八尺瓊勾玉:天皇家に代々伝わる三種の神器の一。他の二つは 八咫鏡(やたのかがみ)は

伊勢神宮に 草薙剣(くさなぎのつるぎ)は名古屋の熱田神宮に保存されている)

他の皇族方については 天照大御神様はいずれの神様方へも特段のお指図もご

依頼もなさらなかったので 神様方はそれが天照大御神様の御意向であると理解

しそれぞれご納得なされたのだ。

天照大御神様には 天皇ご一家の今後千年への繁栄の在り方について さぞご存念

がおありであったことであろう。

京都御所紫宸殿

二条城本丸御殿

 

 

ということで 今上天皇ご一家 上皇ご夫妻におかれては京都御所及び二条城を仮御

所として仮寓なされておられるのである。

 

 

さて こちらは滋賀県 琵琶湖に面する湖南地方の神子家。

東京や首都圏の信じられないような大事件・大惨事については この地方にもようやく

その全貌がほぼ正確に報じられ始めていた。

TV による放送はいまだに再開されていないが 半世紀ほど昔のようにラジオ放送が

新たな活気を取り戻していた。

 

赤ちゃんのお食い初め

神子家のひ孫・健(たける)ちゃんは生後百日を迎えていた。

曾祖母・祖父母・そして両親に見守られてすくすくと育ち 一カ月健診で計った時には

60㎝ 5500g 3カ月健診では65㎝ 7kg になっていた。身長も体重も標準より少

しずつ多めである。

お食い初めの日は ひと月参りと同じく近くの吉田三大神社という神社へお参りした。

村の人は三大神社とか三大さんと呼んでいる。あちこちの家の庭先には鉢植えの薔

薇が赤やピンクの花を咲かせ 花好きなら多くの人が知っている薔薇カクテール

(cocktail)は 手入れの良し悪しがよく分かる花だ。真紅のリリーマレーンもある。

紫陽花も もうちらほらと見られる。

健ちゃんの「お食い初め」には 健ちゃんを取り上げてくれた佐々木の千津さんもお招

きして また一緒にお祝い膳を囲むことになった。

お食い初めには「鮒寿司」というわけにはいかないので 小さいながらも鯛の尾頭付きが

膳を飾った。

母親・渚が健ちゃんを前向きに抱っこして 曾祖母の小夜子が真新しい割り箸で鯛の白身

やご飯を食べさせる真似をして口許に運んだ。

塗りの匙で蜆汁を掬って飲ませようとすると 健ちゃんが突然唇を開いて 何と匙に口を

付けて一口飲んでしまった。いい匂いがしたのだろう。みんなは驚いて 瞬間 キャーキ

ャー大騒ぎになった。健ちゃんは まだその汁が欲しそうに ウマウマと声を出していた。

 

100日目のたけるちゃん 何もかも分かったような

 

 

少しアルコールも回って 場がくつろいだ時 この家の最長老である曾祖母小夜子が

ポツリと口を開いた。

「おじいさんのことなんやけどね……」

「おじいさん」とは小夜子の夫 先年他界した健二爺さんのことである。

みんな 小夜子のほうへ顔を向けた。

「おじいさんは ひ孫の顔を見たいとは言わなんだけど 卓ちゃんはまだ結婚せんのかな

って 二人でお昼食べる時なんか 時々私に聞くんよ。」

「あんたらもよう知ってるように おじいさんは無口な人で 生き方も下手な人やったな と

私は思う。そのおじいさんが卓ちゃんのことになると あの鬼みたいな顔でニヤッと笑うん

よ。知らん人が見たら怖がるやろな」

「そういう私も生き方は下手やと自分でも思ってるけどな。なぁ千津さん そうやな。」

千津おばあさんは しばらくニコニコ笑っていたが

「そうやね。小夜さんも生き方は下手や。そやから私と親友やったんと違うかな。

私は生き方上手と言われる人とは 何でか肌が合わんのや。私も生き方下手や

からね。上手に生きてる人は上手で それでええんやと思うけど 何でか私は信

用出来へんのやわ。」

「小夜さんも私も下手な生き方しながら八十まで生きてきたやんか。」

と言う千津おばあさんの言葉で 誰からともなくみんな小さく拍手した。

「そのおじいさんが 口には出さんけど ひ孫の顔を見たかったんやね。今頃 おじいちゃん

もあの世から健ちゃんの顔を見て喜んでるやろな。」

「おばあちゃん…」と 卓が口を挟んだ。家電メーカーの経理マンである。

「生き方上手とか下手とかって時々聞くけど どんな意味なん?」

「えっ 卓ちゃん 突然そんな質問されてもなぁ おばあちゃん困るなぁ」

小夜子は一瞬困ったように考えこんだが

「あのなぁ 私だけの考え方で 間違うてるかもしれんけどな。おじいちゃんは いつも

要領が悪いというか 生き方が不器用やったんや。」

「ええ加減に生きられへん。ウソをつけない。ウソついたら 顔ですぐ分かる。生き方

上手な人から見たら 『この人アホと違うか』と思われるような そんな人やった。

とにかく 裏表の無い人やったと思う。」

「はっきり言うたら扱い易い人やね。単純なのは私も単純やけど 私はおじいさんには

結構裏表を使い分けてたんよ。おじいさんはそういうことは分からんかったやろと思うわ。」

それを聞いて 今まで黙ってみんなの話に耳を傾けていた渚が健ちゃんを抱きながら

クスッと笑って

「おばあさんもですか? 私も時々裏と表を使い分けますわ。」

と反応すると卓は「エエッ」というような表情でまじまじと渚の顔を見た。

輝夫と菫夫婦は二人とも知らん顔で黙ってこの会話を聴いていた。

小夜子は「渚ちゃん賢いな。お世辞やないんよ。夫婦の間ではね 

女のほうが裏と表を使い分けることは時には必要なんよ。二人ともが

表ばっかりやったらカチンカチンとぶつかってばかりになる。

嫁のほうが負けたふりして やんわりと受け流すことも必要なんよ。

それじゃ女のほうがストレス溜るやんて言う人たちもいるけど 

そんなことないんよ。

自分の人格否定するわけやないから。 

鉄の玉が飛んできたら それをバットで打ち返したらバットが折れるし 

まともに受けたら手が潰れるかもしれんやろ。 

そんなことせんと サッと身をかわす。それも女の生きる知恵の

一つやと思うよ。別になんにも損なんかせえへん。

しばらくしたら みんな忘れてしまうから。」

と言うと みんな笑いながら頷いていた。

卓が

「そしたら うちの家にテレビが一台も無いけど それもおじいちゃん

の生き方やったの?」

神子家には1階も2階も どの部屋にもテレビは置いてない。

「それは…… どうやろ。そうかもしれんね。なぁ輝夫。」

と 小夜子は自分の息子に振った。

輝夫はそれまで静かに琵琶湖の鰻をつまみにビールを飲みながらみんなの会話を

聴いていたが おもむろにグラスを置いて まず卓の顔を見ながら口を開いた。

「卓 一言で言えばおじいちゃんの生き方やった と僕は思うよ。うちもな 昔はテレ

ビもあったし おじいちゃんも面白そうに観てはったんや。」

「けどな おまえも知ってる というかおまえが一番よう知ってるはずやけど

テレビの番組が……」

 

<つづく>」