FF(future fiction)

「日本消滅」 …… 

 そして倭(やまと)国創建へ (3)

 

この物語は 来年 再来年 あるいは

それ以降に起こるかもしれない日本の

近未来を想像 半ば予想 半ば予言し

て書かれた近未来物語(future fiction)です

 

登場(予定)人物(2025年現在)

神子 輝夫(かみこ てるお 1967年生まれ58歳)

神子 菫(すみれ 54歳)

神子 健二(輝夫の父)(2023年没享年81)

神子 小夜子(80歳健二の妻)

卓(すぐる 29歳 輝夫・菫の長男)

渚(なぎさ 26歳 卓の妻)

神子 健(たける 卓・渚の長男・当歳)

 

 

冬のある土曜日 湖南の村 神子家では先週誕生した長男のお七夜の祝いが静か

に始まった。

その男児は 卓の父・輝夫が 先年亡くなった自分の父・健二の名を一字借りて

「健(たける)ではどうだろうか?」と 卓と渚に控えめに提案し 二人は漢字よりもその

読み「たける」が気に入って 「それがいい」と賛成し 「健」で即決したのである。

お七夜には健(たける)を取り上げてくれた 3軒隣の千津おばあさんも招待し 千津さんは

喜んで来てくれた。

八畳の座敷を使うのが佳いのだろうが 正座が少し苦しくなってきた小夜子や千津に配

慮して 最初から食堂の6人掛け食卓を囲んで腰かけた。

まだ少し産後の疲労が残る渚は赤ちゃんを抱いて 隣には揺りかごを乗せたサイドテー

ブルも置いて 料理や配膳の支度はすべて小夜子と菫 そしてお客であるはずの千津ま

でが手伝って調えた。

お赤飯に 琵琶湖の蜆(しじみ)の吸い物 紅白膾(なます) 昆布巻き それに

よその地域では尾頭付きの鯛の塩焼きとなるところ 鮒寿司の尾頭付き二尾分を姿の

まま5~6ミリの厚さに切り揃え とっておきの飾り皿に葉蘭の葉を敷き その上に盛り付

けて食卓に乗せられた。腹の部分の切れ目には 黄金色の卵が顔を覗かせている。

鮒寿司を知る湖国の人たちにとっては贅沢な御馳走である。

それに 琵琶湖のモロコの天ぷら南蛮漬けも添えられた。鮒寿司が苦手な渚や千津は

モロコの南蛮漬けは大好物である。

 

先ずは命名式を と言っても 卓が慣れない筆で半紙に 赤ちゃんの名 「健」とその

読み「たける」 そして自分たち夫婦の姓名と命名年月日を墨書しただけであるが 卓が

両手に掲げてみんなに見てもらった。みんなは 大きな拍手を送った。その音に驚いた

「たける」君が泣きだしたので 渚はやさしく揺すってあやさねばならなかった。

そして ビールとお茶で 静かに静かに乾杯し みんな新しい割り箸を手に取った。

鮒寿司(のつもり)

 

湖国の自慢は鮒寿司だけではない。新潟の魚沼ほど知名度は高くないが 実は琵琶湖

の水で育つ「近江米」は滋賀県の人々にとっては自慢の一つで 文句無しに美味しい。

赤飯も焚き方が上手だったからか 八十路を迎えた小夜子や千津さへ 鮒寿司やモロコ

の味に誘われるようにお替りをした。

 

滋賀県草津に本拠を置く草津の酒造会社・太田酒造は

江戸城を築城した太田道灌所縁の会社で1874年創業

の由緒ある会社である。琵琶湖の水で磨かれた清酒

そしてワインには風格と気品が感じられる

(筆写はこの会社から一円もいただいてはいないので

念のため)

 

 

少しアルコールが回り お腹がくちくなって会話も少し途絶え気味になってきたところで

輝夫が少し改まった声で

「健ちゃんの目出度い席でこういう話をしてええのか分からんけど…」

とみんなに向かって話し始めた。みんなは 何を言うのかなと 会話を止めて輝夫のほう

へ視線を向けた。

輝夫がみんなに語って聞かせた話は 輝夫の静かな口調とは裏腹に おおよそ次のよう

な恐るべき内容であった。

(輝夫の)父・健二がコロナの感染で息を引き取る三日前 輝夫と妻・菫が感染防止の防

護服に身を固めて父のベッド際に寄り添った時 少しだけ小康状態にあった健二は意外と

元気そうに 自分が昨夜見た不思議な また恐ろしい夢について熱に浮かされたように話

し始めた。

「神様のお声やったんやと思う。神様やから お顔は見せはらへんかったけど 間違いなく

神様のお声やったと思う。人間の声ではなかった。

神様がおっしゃるには おまえの寿命は三日後に終わる。その前におまえに告げておく。

常々 おまえが龍神に参って 日本が平和を護る国になりますように 腐敗した東京という

村を そこに住む人間を真っ当な村に 真っ当な人にしないと 日本全体が腐ってしまいま

すから どうか東京を神様のお力で何とかしてくださいと 願をかけておることを龍神は もっ

ともなことと認め 神々へもそれを知らしめておった。

おまえが三日後に天寿を終える その前に 特別にその神諮りの模様をおまえに見せてや

ろう。それを見て 心置きなく神の国の民の一人に加えられるが佳い。

神様の声がそう言い終わると同時に 健二爺さんの瞼の裏には これまで見たこともない

神々の集いの場面が鮮やかに映し出されたのだ。

 

天照大御神様(神社本庁の画像をお借りしました)

 

 

「その神諮り(かむはかり)の場面は 神々が出雲の国に集い 太く高い何本もの柱に囲まれ

た大広間に大勢の神々が居並び 大広間の正面に座された天照大御神様が仰せになら

れたことには

『天津神の皆さま方 国津神の皆様方にお諮りしたいと思います。この百年近くの日本の

国を視て参りまして 特に最近の50年ほどの民の乱れが激しく 中でも一国の中心である

東京郡(こおり)の乱れ 政(まつりごと)の腐敗 紊乱の激しさは 私ども神の目に余るほどであ

ると 龍神からもたびたび耳にしており また大国主命様初め国津神様 天津神様方の多く

から同様のお声をいただいております。』

『そこで本日は この件につきまして思い切った手を打たねばならぬと思い 皆様にお諮り

したいと思うのでございます。皆さまにおかれましてはどうかご存念を忌憚なくお聞かせ下さ

りますようお願い申し上げます。』

と こうお口を開かれたのだ。」

ここまで話して苦しそうに一呼吸二呼吸し 健二爺さんは水を一口飲んだ。

二人は一言もしゃべらず 健二爺さんの言葉を待った。

「そうすると 列席の神々様の中から 一際美しい女神様がお手を挙げられた。

末席のほうにおられた因幡の国の八神姫(やかみひめ)様だった。

私は神々様のお名前は存知上げないはずなのに 夢の中ではすらすらと神様

方のお名前が出てきたのが不思議なんやけど

天照大御神様は『八神姫様どうぞ』と指名なされた。

八神姫様という女神様は 後に大国主命様のお嫁になられた美しいお方や。

その八神姫様が立ち上がられて

『はい 神々様を差し置いての発言をお許しくださいませ。』

と深々と頭を下げられて

『結論から申し上げさせていただきますれば 東京郡はこの際 人・物もろともに地上から

消し去るのが 今後百年 千年のためによろしいのではないかと 私めは思うのでござい

ます。この50年ほどの間 日本の国の諸悪の根源は すべて東京郡 就中(なかんずく)

(まつりごと)に携わる者どもに在ると言っても過言ではございません。』

この発言に 列席の神々様方は一瞬目を大きく開かれたように見えたのだが すぐに

申し合わせたように 皆様がこっくりと 首を縦に振られたのだ。

つまり 天津神様方も国津神様方も 皆様同じお考えをお持ちであったようなのだ。

この八神姫様の発言を聞かれて 天照大御神様は他の神々のご様子をご覧になって

『八神姫様は 東京郡からすべてを消し去るのが佳いというご意見ですが 他の神々様

にはいかがお考えでございましょうか』と問いかけられた。

すると 大国主命様が挙手なされた。

『大穴牟遅神様』どうぞ と天照大御神様は指名なされた。

大穴牟遅神(おおあなむぢかみ)とは大国主命様のまたの名や。

大国主命様は立ち上がって『私も全く同意見でございます。国津神の一柱として国々を

見て参りましたが ここへ来て政に携わる人間どもの700余名という数の多さもさること

ながら 皆例外無く腐敗に腐敗を重ね その腐敗が民にまで及んで 民のほとんどが腐

ってきておるように見受けます。この際 千年の先を見据え 腐り切った東京郡は全ての

民・物を一旦消し去ることが唯一の解決法であるかと愚考いたします。』 と述べて着座さ

れた。

天照大御神様は列席の神々様のお顔を見渡されて どのお顔も納得なされておられるよ

うであるのを確認なされて

『他の神々様にはいかがでございましょうか』と投げ掛けられた。

すると 待っていたかのように『異議ございません』と皆様異口同音におっしゃられた。

天照大御神様は『それでは このお役をお引き受けくださる神様はどなたかいらっしゃいま

せんか?』とおっしゃられて 皆様のお顔をご覧になられた。

神々はお互いにお顔を見合わせておられたが 頃合いを見計らって手を挙げられた神様が

おられた。 それは天之手力男神(あめのたぢからおのかみ)様だった。

 

天手力男神様の像

 

天照大御神様は天之手力男神様に『どうぞ』と笑顔を向けられた。

天之手力男神様は お隣に座られた正勝吾勝々速日天忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめ

のおしほみみのみこと)と一言二言言葉を交わされて立ち上がり

『そのお役目 他にどなたもおられなければ奴(やつがれ)がお受けいたします。いかがでござい

ますか』と発言した。

他の神々は一様に深く頷くように頭をこっくりとなされた。

天照大御神様は『それでは 手力男神様にこのお役目をお願い申し上げてもよろしゅうござい

ますか?』と神々に確認なされた。神々は揃って『どうかよろしくお願い申し上げます』と頭を下

げた。

『それでは手力男神様にはこの大役 何卒よろしくお願い申し上げます。如何様にするかにつ

きましても すべて手力男神様に御一任させていただきますので。』と締めくくられた。

天之手力男神様は『畏まりました』と言って深々と頭を下げられた。」

 

健二爺さんはここまで一気に語り続けてきたが 病の床にあって疲れたのであろう 目を瞑り

寝息を立て始めた。

輝夫と菫は目で合図して立ち上がり 防護服を脱ぎ 病室を出て院内の喫茶室へ入った。

ホットコーヒーを注文して 先ほど父・健二が熱に浮かされたように話した神々の会議の話を

振り返り 『父さんの夢の中の話やからなぁ 父さんの見たとおり 言うとおりに ハイハイと

終いまで聞いてあげるのが親孝行やと思うから おやじがこれで全部やと言うまで話を聴いて

帰ろうと思うんや。』

『そうやね。お義父さんの目が覚めたら またお話聞いて 挨拶して帰ろうか。夕飯の支度も

あるしね。』

とポツリポツリと話し合い 珈琲を飲み干して病室へ戻った。

健二爺さんはまだ目を閉じていたが 二人が傍に来た気配を感じたのか パッと目を開けた。

そして 恐ろしい物でもみたように 信じられないような夢の話を始めた。

『あぁ わし寝てしもうたんやな。悪かったな。 今な ちょっとうとうとした間にな 東京がエラ

イことになってしもうたんや。東京だけやのうて 関東平野の全部が深~い深~い海の底に

沈んでしもうて 東京タワーもビルも人も何もかも消えて 平野やったところが全部海になって

しもうて。』

『えらいこっちゃと思うてたら 3分もせんうちにな その海の下から千メートルもあるかなと思

うような真っ黒な壁がせり上がってきてな 壁やと思うたのが それが全部千メートルぐらいの

高さの陸地で 見渡す限り 遠くの方は見えへんぐらい遠くまで その陸地が続いてるんや。

わしが思うに 海の底に沈んでしもうた陸地の代わりに 海の底にあった地球の表面が浮かび

上がって 新しい陸地になったのと違うか。そうとしか思えんのや。その新しい陸地の上には人

も建物も 木や草も何にも無い。土と岩と石だけの 原始時代の地球かと思うような風景やっ

た。』

『その風景はな 神様が もう間もなくこの世を去るわしに 日本は遠からずこうなるんやでと 先

に見せてくださったのやと思えてならんのや。いつになるか知らんけど 日本で 関東で神様たち

はこんなことをなさろうとしてあられるんやないか わしはきっとそうやと思うねん。』

『せっかく見舞に来てくれたあんたらに これはわしの遺言になるのかもしれんな。』

健二爺さんはそこまで言って『きょうは見舞に来てくれておおきに。帰ったら みんなによろしく言う

てな』と 苦しい息の下から無理に笑顔を作って輝夫と菫に言った。

二人は『そしたら 帰るわな。また来るからな。早うようなってな。』と言って病室を後にした。

健二爺さんは それから三日後 妻の小夜子を初め家族みんなに看取られながら 神様のお言葉

どおり息を引き取り 神の国へ召された。

 

輝夫がここまで話し終えて 一同はフーッと深いため息をついた。

赤ちゃんはすやすやと笑顔さえ見せて寝ていた。

 

<つづく>