(以下は 2022年投稿したものの再掲です)

 

この頃 新聞の記事下広告を見るともなく見ていると

歳を経た古狸のような元大学教員の女どもが「老い方」

だとか「死に方」だとか ただ売らんがためだけにくだら

ない本を次々と出しているようですね。

「おまえは一度でも死んだことがあるのか?」

と聞いてみたいぐらいです。100歳近いサトウ某という女な

どもただ長生きすれば善いだけのようなくだらない本を出し

ているようで。

また ××ミカと名乗る女は 老いた醜い体を恥ずかし

気もなく晒して 「鍛えた体」などと誇示しているようです

が ことほど左様に 近頃 「恥」を知らない女があまり

に多いのではないでしょうか。

世間の風潮も 100歳まで生きることが

「善」であるかのような傾向になってきて

いますね。果たして 長生きすることは

善なのでしょうか??

 

何十年か昔 口の軽い国会議員が「長生きする人間が

多いと年金が多く必要になる」という趣旨の発言をして

袋叩きになったことがありました。

けれども 言っていること自体は事実なのです。特に

低年金ではなく高額年金の人間――国会議員などは

その典型ですけどーーが長生きすればするほど 年金

支出は年々負担増になるわけです。

国会議員などをやって言いたい放題を言い 何の益も

無く ただ遊んで暮らした輩や 大学教員を長くやった

輩ほど高額の年金をもらい 長生きしている傾向があり

ますね。

 

私は82まで生かしていただいて もう十分だと思ってい

ます。ただ 寿命は神様だけがお決めになることなので 

結果的にどうなるかはわかりません。

 

昔 兼好法師は「命長らえば恥多し」と徒然草の中で言って

いますね。

私の愛読書の一つである『平家物語』の中でも 平知盛は

壇ノ浦で平家が全滅する時 「見るべきほどの事は見つ」と

言って 自ら入水したそうです。御年35歳でした。

源平の時代から あるいはもっと以前から 

日本人の死生観と無常観は表裏一体となっていたのかも

しれません。

織田信長が出陣の前に「人間五十年 下天のうちを比ぶ

れば 夢まぼろしのごとくなり」と謡いながら舞ったという話

もよく知られています。

「長く生きて五十年」であった時代 人々(私たちの祖先)は

三十四十の頃から「死」を 「人の命に終わりが有ること」を

諦念として心に刻み始めていたのではないでしょうか。

そして 人々の平均寿命が四十ほどの時代がずっと続いて

いても ちゃんと子孫は残し 子孫は繁栄し 現代に至って

いるわけです。

 

そんなことを 

鴨長明という人が『方丈記』

に書き残しています。

(鴨長明 1155~1216)           (鴨長明が暮らしたであろう方丈(3m×3m)の小屋の想像図)

 

鴨長明だけでなく 

例えば『徒然草』の吉田兼好(生年不詳 1350年没)もそうですし

松尾芭蕉も「奥の細道」の序のところで書き記していますね。

 

日本人の心の奥底に流れる共通の諦念なのかもしれません、

これはちょっと大胆な言い方になってしまったかな。

 

『方丈記』は 鴨長明が方丈(約3m×3m)の小屋に住んで著述

したので こういう題名にしたのだと思いますが

鴨長明より少し時代を遡って西行法師(1118~1190)も方丈の庵を

結び 住んだことで知られています。

 

これは 『方丈記』の冒頭の文です。

私の年代は 高校の古文でも習いましたが 

今はどうなのか??