ジョセフ・スミスは死ぬ前に銃をぶっ放したのを知ってる?

モルモン教祖ジョセフ・スミスは、カーセージの牢獄で暴徒によって銃で撃たれて死亡しました。彼は、投獄された時に次の様に言っています。
「わたし​は​ほふり場​に​引かれて​行く​小羊​の​よう​に​行く。(教義と聖約135章4節) 
「子羊」という言葉を使い、自分はイエス・キリストと同じだ、としています。 

ところが、実際は銃をぶっ放し、その前にお酒まで飲んでいたことがわかりました。ここに紹介します。

●ワインを飲んだジョセフたち
「教会歴史ボリューム7の中で、当時ジョセフと牢獄にいたジョン・テーラーは次の様に言っています。
「夕飯の後、私たちはワインを持ってくるるようにと頼んだ。ある人たちは、これを聖餐の儀式の為だった、と思っているようだが、それは違う。なぜワインを飲んだかと言うと、私たちは非常にぼんやりとしていて気持ちが重かったからだ。元気を取り戻す為に飲んだのだ、、、みんなで飲んで、牢屋のガードたちにも分けてあげた、、、、。」 
Sometime after dinner we sent for some wine. It has been reported by some that this was taken as a sacrament. It was no such thing; our spirits were generally dull and heavy, and it was sent for to revive us. I think it was Captain Jones who went after it, but they would not suffer him to return. I believe we all drank of the wine, and gave some to one or two of the prison guards. We all of us felt unusually dull and languid, with a remarkable depression of spirits. In consonance with those feelings I sang a song, that had lately been introduced into Nauvoo, entitled, 'A Poor Wayfaring Man of Grief', etc.[5]:101
History of the Church. Volume 7 「教会歴史ボリューム7」

●銃を撃ったジョセフ・スミス
教会の公式文書「ジョセフ・スミス 教会歴史ボリューム7」には、「ジョセフは暴徒たちに向かって銃を発射した、」とあります。
「Joseph reached round the door casing, and discharged his six shooter into the passage, some barrels missing fire. Continual discharges of musketry came into the room. Elder Taylor continued parrying the guns until they had got them about half their length into the room, when he found that resistance was vain, and he attempted to jump out of the window, where a ball fired from within struck him on his left thigh, hitting the bone, and passing through to within half an inch of the other side. He fell on the window sill, when a ball fired from the outside struck his watch in his vest pocket, and threw him back into the room.
 「Joseph Smith, History of The Church of Jesus Christ of Latter-day Saints, 7 volumes, edited by Brigham H. Roberts, (Salt Lake City: Deseret Book, 1957), 6:617–618. Volume 6 参照」

この時一緒にいたジョン^テーラーは、「ジョセフの撃った銃で二人の暴徒が死んだ」、と言っていましたが、これは間違いだった、二人は傷ついたが死にはしなかった、と教会は正しています。

●教会はジョセフが銃をぶっ放したことを隠そうとしている
ある、モルモンでないクリスチャンの牧師さんが動画を出しています。彼は、カーセージの牢獄のツアーを何度か訪れている人です。彼の感想を聞いてみましょう。

The Untold Story of the Death of Joseph Smith - YouTube

 

https://www.youtube.com/watch?v=O0ZF3pjezuc

  1.  

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death of joseph smith の動画検索結果▶ 25:54

 

「ある時、ソルトさんという人がツアーガイドをしてくれた。ソルトレークシティから来たソルトさん、忘れられない名前だ。彼は、3回、「ジョセフたちが持っていたたった一つの武器は、「杖」だけだったのです。」と言った。僕は、「待って下さい、ジョセフたちは、ピストルを持っていたのでは?それを暴徒たちに発射したのでは?」と聞いた。すると、ソルトさんは腕を後ろに組み、かかとを床につけて、こう言った「そうです。ピストルを持っていました」
 ソルトさんは、何度も、「ジョセフたちのただ一つの応戦方法は「杖」だった、と言っておきながら、実際はピストルがジョセフによって発射されたのを知っていたのだ。
 私は数回、モルモン教会が行っている、この、ジョセフの殉教のツアーに参加しているが、今まで、ツアーガイドがジョセフが銃を持っていた事実を正直に話すのを聞いたことがない。だが、ツアーの途中や後でガイドにそのことを尋ねると、多くが銃について知っていた。それなのに、一人残らず、「ジョセフたちの唯一の防御策は杖で応戦することでした」と言ってのけるのだ。
 どうしても、ジョセフをヒーローにしたい、彼のイメージを傷つけたくないという試みが、モルモン信者の中にあるとしか思えない。私としては、このように、不誠実なことを言う信者たちが集っているモルモン教会を信頼することは出来ない。 」

●モルモン教会側の言い分
①ジョセフたちがワインを飲んだことについて、教会は、「当時はまだ、知恵の言葉は必ず従う戒めではなかった」と言っています。ずっと後になってから今のように大事な戒めとなった、といいます。

②ジョセフが銃を撃ったが、これは正当防衛だ、それに、実際は誰も殺していなかった、と言います。

③ジョセフが銃を発射したことを教会は隠そうとしている、と批判する人がいるが、これは違う。教会は、いろいろなテキストやEnsign(エンザイン)にそのことを書いてきた。決して隠そうとはしていない。
①~③言い分に関しては、以下のサイトを参照して下さい。教会の弁護団体のサイトです。反モルモンサイトではありません。
https://www.fairmormon.org/answers/Joseph_Smith/Martyrdom#Joseph_Smith_fired_a_gun_at_Carthage_Jail

●私の感想
①ジョセフは少年の時、足の手術をしています。その時、お酒を飲むようにと医者に勧められましたが、飲みませんでした。それ位、とても勇敢な少年だった、と私は何度も習いました。それなのに、大人になって元気がないからと、ワインを飲むのですか?いくら、当時はあんまり重要な戒めじゃなかった、と言っても、戒めであったことには変わりありません。随分と弱い意思の持ち主だったのだな、と思います。

②誰も殺していないかどうかは関係ありません。銃をぶっ放した時点で、もう、「子羊」ではなくなってしまいした。イエスは、ユダヤ人が自分を捕まえに来た時、全く抵抗しませんでした。弟子の1人が剣を抜いて大祭司にとびかかり、その耳を切り落とした時、イエスはこの人の耳を治してあげました。(マタイ26章47節)
ジョセフの行為は全くこれに反するものです。考えても観て下さい、もし、ブッダが自分を殺そうとする人たちに銃をぶっ放したら?ちょっと考えられませんよね。ジョセフは、モルモン教会いわく、ブッダよりも偉大な予言者でした。キリストの次に偉大な人物だった、とモルモン教会では教えているのです。教義と聖約135章3節参照。でも、銃をぶっ放したら、ブッダどころか、ガンジーよりも偉大さに欠ける、そうではないでしょうか?

③私は、ティーネージャーの時、セミナリー(聖典勉強会)でジョセフとハイラムが撃たれ、そこにいたジョン・テーラーも撃たれ、彼の肉片が飛び散った。だた、彼は胸ポケットに入れてあった時計に守られて命を取り留めた。とにかく、ジョセフたちは正しいがゆえに殺されたのだ、と習いました。一度も、ジョセフが銃をぶっ放した事実について聞いたことがありません。私の夫も、聞いたことがない、と言っています。カーセージの牢獄でのツアーでも、あえてこれを言わない。やはり、隠そうとしていると言われても仕方がない、と思います。