なぜ僕はモルモン教会を去ったか
デビッド・ボコヴォイ氏の体験

 

 

彼はハーバード大学でも教えた聖書の研究家、歴史家。ヘブライ語、ドイツ語、フランス語などを読むことが出来る博学者。

「僕は8歳位の時に父側のおじいさんの家に遊びに行った。おじいさんはモルモンじゃなかった。そして、モルモン教とジョセフ・スミスについて良くないことを僕に言ったから、僕は「お祈りすればわかるよ、モルモン書が真実だって」と言ったのを覚えてる。
 伝道はブラジルへ行った。僕はまじめだったから、きちんと改宗する意思のある人だけにバプテスマを施した。でも、宣教師の中には、「アメリカへ行きやすくなるよ、バプテスマを受けたら」とか言ってバプテスマを受けさせた人もいる。実際、毎月100人以上のバプテスマがあった。数目当てが含まれていたのは確かだ。
 
伝道後に僕はいろいろんな本を読み、信仰を失いそうになった。特に、ブリガム・ヤングが「アダムが神だ」と本当に言ったと知った。後で「彼は本当にそう教えたが、それは間違いだった」、と後の予言者たちがブリガムの間違いを指摘している。
 神の予言者が神が誰かわからないなんて、一体どういうことだろう?この後、ブリガムのことがあんまり好きでなくなったよ。
 
多妻婚についてだが、僕は多妻婚は女性への虐待だと思う。教義と聖約132章で、主イエスは「もし、ジョセフが多妻婚をするのをエマが嫌がったら、ジョセフはエマに内緒で他の女性と結婚して良い」と命じている。これは、権力を握った人間のすることだ。神の教えだとは僕は思わない。このような恐ろしい教えを指導者が教えてしまった。ジョセフは間違えた、と、学ぶためにこの章はあるのだと思う。

他にも、いろいろな真実を知って悩んだけど、何とかそれでも教会に残る道を選んだ。

僕はBYUで教えるのが一生の夢だった。だから、一生懸命勉強したんだ。でも、真実を述べたばかりに、BYUでは採用されなかった。僕の友達デビッド・ライト David Wrightも実は真実を書いたが為にBYUを首にされ、破門された。 
 
僕は聖書研究家として断言出来る、アブラハムの書・モーセの書・モルモン書は全て19世紀に書かれたジョセフの創作品だと。多くの歴史的時代の矛盾がこれらの書物に見られるからだ。

だけど、モルモン書は素晴らしいメッセージを含んでいると思う。この世で今起こっている問題に対しての答えが載っている。
イエスがアメリカに来たことによって敵対していた種族がその垣根を越えて一つとなったこと、ベンジャミン王が富をどう使うかについて教えた内容、アンタイ・リーハイ・ニーファイたちの平和的態度だけが人々の心を変えることが出来た事実、こういうメッセージを伝えることこそが教会のするべきことだと思うんだ。
 ところが、実際はどうだろう?我々は、若い宣教師を世界に送り出し、『この聖句を読んでください、良い気持ちを感じれば真実です、だからジョセフ・スミスは神の予言者でこの教会は真実です』と教えて人々を改宗し、リーダーたちに忠誠を誓わせる。

ボストンにいた時、ある牧師が「私は実はゲイなんだ。これは神の御心だと思う。この世にいるゲイの気持ちを理解して、彼らの結婚式を挙げる為にゲイとして生まれてきたんだと思う。」と話してくれた。

ちょうどこの時、教会は proposition8に多額の寄付をしたところだった。これでカリフォルニア州のゲイたちは正式に結婚することを許されなくなってしまった。
僕は思った。「モルモン教会は、政府に自分たちの権利を認めてくれと頼みこんできたのに、ゲイの人たちの権利は認めないというのか?」とても悩んだ。あんなにたくさんのお金があったら、貧しい人を救えるのに。

11月に教会が「子供たちを守る為にこの方針をつくった、と称してゲイのカップルが育てている子供はバプテスマを受けられない、というもの。親を罪人だと認め、家を出ない限り、モルモンにはなれない、とした。」に対してある人がブログでコメントしているのを読んだ。
そこには「これのどこが子供を守るというの?」
「僕はずっと、僕を変えて下さい、と神に頼み続けた。毎日、毎日、でも、変わらない。どうして?」読んでいて、涙が出て来た。
 
 この頃、娘の1人が自分がゲイだということを告白してくれた。僕は心から彼女を受け入れた。今まで、教会のセミナリーとインスティチュートを教えてきたけど、ゲイの聖徒もいて、僕は彼らが教会に行き続けることが出来るように、いつも歓迎してきた。

 教会がゲイを締め出すような方針を出した後、僕の妻は教会に行かなくのをやめた。15歳の息子も「教会の方針は間違っている」と言って教会に行くのをやめた。
そして、最後に僕も行かない決心をした。教会は好きだし、モルモン書も好きし、教会の活動も好きだけど、ゲイを罪だ、という考えは人権を侵している、だから、賛成出来なかった。恐らく、もう、教会に戻ることはないだろう。

 教会に行かなくなると、教会で雇ってもらうことも出来なくなる、まだ子供たちが大学生でお金がかかるので、どうしようか?と思っていたら、ある人からオファーがあり、僕は教会とは関係ない組織にやとわれて刑務所で宗教を教える仕事に就くことが出来た。
 服役者の中には、一生懸命勉強して良い成績をとり、将来が有望な人もいる。その人たちを励ます仕事が出来て幸せだよ。モルモン教会にやとわれていた時より、給料は減ったけど、気持ち的にすごく楽だ。
 
週末は妻とコンサートに行ったりして、ゆっくり過ごしている。ゲイだと告白してくれた娘はパートナーと暮らしている。
 時々、妻が「あなた、ユダヤ教に入信したら?ヘブライ語もわかるし」と言うが、
そしたら豚肉が食べれなくなってバーベキューができなくなっちゃうから、第三者としてユダヤ教を尊敬するのに止めておこうと思う。

 僕は、モルモン教会が悪いことをいっぱいしてきたのを知っている。真実を言う人たちを破門してきたのも知っている。でも、指導者たちはそれなりに一生懸命やってると思うから、すごく怒る気持ちになることはあるけど、罪を憎んで人を憎まず、でやっていきたい。
 僕は、どの宗教にも属するのではなく、どれも良いものを持っていると思う。神様はいるわからない、でもいると信じたい。どんな形なのかはわからないけどね。

●私の感想
自分が聖典だと思ったら、それが聖典なのだと思います。今までモルモン書を読んできたのは、全くのムダだと思ってたけど、ボコヴォイ氏の言葉に少し救われました。
 ただ、私にとってはモルモン書より、赤毛のアンとか、スカーレット・レターとか、レ・ミぜラベルの方がはるかに聖典らしいです。
 あと、どうしても、自分もアメリカで差別されたことがあるので、モルモン書にある、肌の色で人の良し悪しを決める考えは良くないと思います。これを神が命じた、とする宗教は決して正しい宗教ではない、と思います。
 いろんな教会の悪いことを知った上でも、教会に行き続けたボコヴォイ氏でさえも、ゲイへのいじめに我慢できなくて教会を去ったのですね。