モルモン教会の数目当ての伝道について知っていますか?

1979年~82年頃、東京南伝道部では、とても布教とは呼べない、入信者の数を増やすだけの数目当て伝道が行われました。
 当時日本人で七十人に召された菊池長老と、伝道部長だったグローバーグ伝道部長が推し進めたこの伝道は、「東京ラッシュ」や「狂乱のバプテスマ」と呼ばれています。
 そのやり方はあまりにもひどく、学校では先生たちが「モルモンの宣教師と関わってはいけません、危険だから」と注意した程でした。
 これがイギリスに飛び火し、もっとひどいことが行われ、多くのモルモンが教会を去ったといいます。実は、モルモン教会は世界のあらゆる所で、同じようなことを行ってきました。それもここに載せたいと思います。このようなことをする宗教が、本当に神様から導かれているこの世でたった一つの正しい教会なのかどうか、皆さん、考えてみて下さいね。

●ネットで見つけたサイトで、2008年に再度東京ラッシュ(狂乱のバプテスマ)について語り合うものがありました。Flattop, Groberg and Japan Missions
Date:    Nov 11, 2008 (updated Feb 2010)
Author:    LaotzuSubject:    This is what happened:
Author:    flattopSF という人が自分が日本で宣教師をしていた時の経験を書いています。
 
6つの宣教師レッスンは書き直され、それぞれが5分~10分の短いレッスンにまとめられた。
宣教師たちは、「もしみたまに促された」場合、6つ全てのレッスンを一度に教えるようにとアドバイスされた。そしてバプテスマチャレンジを直ちに行い、相手がOKしたら、電車で15~20分しか離れていない所に常にいるZLに連絡、面接のアポをとり、ZLが面接して大抵の人はパスするから、いつでも水のはってあるフォント(教会がちかくになければ借りてあるアパートなどのフォント)でバプテスマを受ける、というあんぱいだ。
 このようにして最短で1,5時間で出会ってからバプテスマを受けることが可能だった。その日のうちにバプテスマをすることも多々あったのである。
 この後、宣教師は新メンバーと連絡先を交換し、モルモン書を渡し、最寄りの教会の住所と地図を渡された。(教会以外の場所でバプテスマを受けた場合)

毎週、宣教師ニュースレターに新しいバプテスマの数が載せられた。更に多くのバプテスマを見ようと、他の宣教師たちを鼓舞することが目的であった。

こうしてそれまで2年に一人しかバプテスマを見れなかった宣教師たちが、あっという間に、ひと月に12人ものバプテスマを見ることが可能になったのだ。東京南伝道部は毎月、1000ものバプテスマを見ることとなった。でも、そのほとんどが、10代の少女だったとは誰が思っただろうか?

グローバーグの行方はわからず、菊池はユタへ行ってまい、結局膨大な数のメンバーシップを任されたのは地元のメンバーだった。電話しても、ほとんどが全くモルモン教会に興味のない人ばかりだというのに。

●当時東京の洗足池の教会で監督をしていた人の声
グローバーグ伝道部長があちこちにアパートを借りて支部を作り、ワードで書記などをしていた人たちをそっちへ配属させたので、監督としては人材が不足してとても困った。

学校の門の前で宣教師が待ち構え、下校する生徒たちをアパートに引きずり込み、密室でバプテスマを受けろ、と迫った。

バプテスマを受けはしたが、メンバーシップに名前と住所を書くのを嫌がる人もいた。そういう人に、宣教師はウソの住所を書かせた。後にまじめな宣教師が赴任してきて、その住所に行ってみても、空き地やビルばかりで、とても困惑することになる。

どんな形であれ、バプテスマの数を多く報告した宣教師は伝道本部に呼ばれ、Aランチ・Bランチなる、素晴らしいご馳走を頂いた。

新メンバーの数は増えるが、ほとんど誰も教会に来ていない、こんな伝道はおかしい、やめろ、とこの監督は宣教師に抗議したが、宣教師は聞かず、大げんかになった。

さんざん振り回されて、この監督はその後4年間、ノイローゼ状態になり、教会をお休みした。私は当時まだ子供で、彼が教会に来ないのは、ただ、不信仰になったからだ、彼が悪いのだ、と教会員たちから聞いていた。何て無責任なひどいことをモルモンの大人は言うんだろう?!

この監督さんの子供たちが通う学校の新聞部の生徒たちは、モルモンは危ないぞ、という内容の記事を書いて学校全体に配った。

この伝道に抗議した人たちが大勢いて、手紙を書いたらしいのだが、当時菊池長老の秘書だった人が言うには、菊池は全ての手紙をゴミ箱へ捨てたという。

●東京の府中の教会に通っていた人たちの声
バプテスマを受けた人がほとんど教会に来ない、ひどい人は一度も来ない。宣教師が戒めをちゃんと教えていないからだ。ワードの神権者たちで抗議の手紙を書いてステイク会長に送ったが、ステイク会長がそれを上にあげなかったようだ。

あまりにも多いメンバーシップをオーディットするのに、本当に苦労した。教会に来る意志があるのか電話をかけまくった。ある12歳の少年の家にかける時、いやな予感がしたが、案の定、「うちの子に勝手に変な儀式をしたな、あんたたち、何てひどいオカルト宗教だ!」と怒鳴られたという。

とにかく、来ていない幽霊会員の数が膨大の量で、かたっぱしから電話するのにかなりの時間と労力を要し、さんざん振り回された。

ある時、アメリカ人のお偉いさんがミーティングに来て、「なぜこんなにお休み会員が多いのかね、日本人はちゃんと新会員をサポートしないのかね!」と怒り出した。
そこで、「何言ってるんですか?誰がこんなめちゃくちゃな伝道をしたと思ってるんですか?あなたたち、アメリカ人の宣教師でしょう?」と言ってやった。どうも、このお偉いさんは東京ラッシュについて知らなかったらしい。

府中にまじめで責任感の強いメンバーがいて、この伝道に真っ向から反対した。すると、教会の法廷に来るようにと命令され、そこで一方的に破門された。彼は何も悪くないのに。これは教会が悪い。

●洗足池ワードの聖餐会で語られたあるモルモン女性の声
私を見つけた宣教師は、私にどうしても受けてほしいと頼んできました。あと少しで彼は伝道が終わってアメリカへ帰るから、その前にどうしても私のバプテスマを見たいというのです。
 私は準備出来ていなかったけど、あまりにも熱心にせがまれてバプテスマを受けました。彼が日本を去った後、後悔して私は彼に電話して、泣きながら責めました。
「どうして私にバプテスマをしたの?いやだったのに!」
この女性はその後も教会に行き続けましたが、無理やりバプテスマを受けさせられたことに関しては、良く思ってなかったんですね。

●ニューヨークで私の監督だったアメリカ人の声 
あの伝道は全くの間違いだった。僕は当時、韓国で宣教師をしていたんだけど、みんな携帯バプテスマフォントみたいなのを持ち歩いてたんだ。どこに行ってもバプテスマが受けられるようにね。

菊池長老は日本と韓国の両方を任せられていたので、よく韓国にも来た。その度に、「もっとバプテスマを見れるはずです、もっと、もっと、バプテスマを!」とすごかった。求道者を教会に連れていったけど、彼の話を聞いた人は、みんな教会に来なくなった。あまりにも威圧的だったから。

●私の父の声
おじいちゃん(父の父、つまり私のおじいちゃんです)は実はこの時にバプテスマを受けたんだ。でも、その時バプテスマの面接に落っこちたんだ。おじいちゃんは何にもわかってなかったから。そしたら伝道部長が直々におじいちゃんに面接したんだよ。おじいちゃんはほとんど何もわからないけど、息子が行ってる教会だから良い教会なんだと思います、と言って、伝道部長はそれでバプテスマの許可を出しちゃったんだな。きっと、隣の東京南伝道部が数をたくさん出してたから、自分の伝道部でも数を出さなくちゃ、と焦ってたんだな。おじいちゃんのいた群馬は東京伝道部だったから。

●当時三鷹付近の教会に集っていたモルモン女性の声
当時はすぐバプテスマを受けさせたから、「モルモンのスイミングスクール」と呼ばれたのよ。

●当時宣教師だった人で最近伝道部長のおつきで日本に来ていたアメリカ人の声
私が宣教師だった時、数を出せない宣教師が、何と、お墓に行って、死んだ人の名前をたっくさん書き移してそれを提出したよ。笑っちゃうよね、ハ、ハ、ハ!

●私の母の声
あの時代はひどかったわね。でも、あんたのだんなさんもあの時バプテスマ受けたのよ、すごいね、ほんのわずかな生き残りの一人なんだから!(でも、私の主人も後に教会を去ることになるのだが)

日本で行われた狂乱のバプテスマは、実は世界各地でも行われてきました。それについてもみてみましょう。

●私の妹の話
私がハワイで伝道してた時、やっぱり数目当ての伝道があったみたいよ。どこででもやってんのよ。

●ニューヨークで出会ったモルモンたちから聞いた話
僕はここで伝道主任をしてました。その頃、きちんと教えないでバプテスマを施すのがはやりました。僕は、これはおかしい、やめて下さい、と伝道部長にお願いしたけれど、「だまってろ」と言われました。

僕はフィリピン出身なんだけど、フィリピンでもきちんとレッスンしないで次々とバプテスマを受けさせていたよ。結構ひどかったな。

●ジョン・ダーリンの話(アメリカ人。教会の問題を隠さず、公にし、それでもモルモンでいられる道を見つけようとモルモンPOD CASTを始めた人。しかし、真実を語ったがために破門された)

私がグアテマラで伝道していた時、1か月に39人バプテスマをした宣教師がいた。伝道部長から渡される報告書にそう載っていたのだ。
どうやってそんなに多くの人を改宗出来たのか?と尋ねたところ、サッカーをしていた地元の子供たちを「暑いね、教会へ行って涼まない?」と誘ってバプテスマフォントへ連れて行き、いっぺんに10人以上バプテスマを何回か施したとわかった。親の許可もなし。レッスンもなし。一度も教会のミサに来たこともなし。こんなのおかしい、悪だ!教会がこんなこと許すわけない、と思って私は伝道部長にこんなことはおかしいのではないか、と言った。ら、私はものすごい田舎に飛ばされた。一番近くの公衆電話までバスで5時間もかかる所へ。

●PERSONAL EXPERIENCES WEIRD WORLD 5 HARDCORE REALITIES OF MY TIME AS A MORMON MISSIONARY。
ー僕がモルモン宣教師として経験した5つの筋鐘入りの現実 から
僕の伝道地では、監督からコンタクトをとってきてほしい非モルモン住人のリストを渡されました。その中に、精神的に不安定な人がいて、全く教会のことなどわからない様子でした。でも、構わずみんなでこの人にバプテスマをしてしまいました。
 アパートに帰ってきて言うことと言えば、「何人バプテスマした?」で、どんな人にバプテスマしたなんてどうでもよいことでした。まるで競争です。
 外国でバプテスマした人のうち、残る確率は25パーセントだと言います。だから、5人受けても残るのは一人。

他にも、
●密室に閉じ込められて、怖いから仕方なしにバプテスマを受けてしまった、

●数目当ての伝道に抗議して田舎へ飛ばされたアメリカ人の宣教師のサイト

●バスケットボールをしましょう、その為にはまずバプテスマを受けましょうと言ってやらせた時代もあったなどと面白半分に言うモルモン信者

●ニューヨークでバプテスマ受けた日本人のメンバーシップが届き、その人と面接をしたが、教会のことを何も知らないと川崎ワードの監督が言っていた

●発展途上国の多くで、日常茶飯事のようにこのような数目当ての伝道が行われてきた

●まじめなアメリカ人宣教師が伝道終わってユタに帰り、このことについて抗議したら、当時は伝道ブームで誰にもとりあってもらえず、非国民扱いされてノイローゼになってしまった

などとひどい話を聞いています。当時これに関わった人たちは、精神的にも肉体的にもかなりのダメージを受けたそうです。