日本はロボット大国だから原発事故現場ではロボットが大活躍すると思っていた。だが、放射線などものともしない剛腕ロボット消防士はなかった。無人偵察機やリモコン計測車もすぐに働いたのは米国やフランスのものだった。
ロボット好きの日本人が、なぜ原子炉事故用のロボットを作らなかったのか。原発安全神話の呪縛のせいだろう。「原発事故は起きない」という神話が浸透していた。事故を前提にしたロボットは、作ること自体が原子炉の安全性に対する冒とくになる。
事故が起きないように耐震設計し、防波堤なども造った。病気にたとえれば予防薬だ。一方、事故処理のロボットは治療薬だ。予防薬に力を入れて治療薬は軽視する発想だった。
原発大国を目指す中国もよく似ている。昨年、広東省の大亜湾原発周辺に対空ミサイルが配備された。香港の軍事評論家は「原発が米国の巡航ミサイルなどに攻撃されることを想定している」と解説する。
大亜湾原発の着工は1984年。中国で2番目に古いが、地盤がよく、大地震の心配はないとされている。だが、怖いのは自然災害だけではない。中国政府は敵性国によるミサイル攻撃という人災の可能性を想定している。
最近、大亜湾の地元では、日本の原発事故が引き金になって住民の不安が高まった。約50キロ離れた香港でもデモが起きた。やむなく発電所側は非常訓練を実施してみせた。
その結果、発電所がこの10年間というもの、非常訓練をやっていなかったことがわかった。ミサイル攻撃が想定されているというのにである。原子炉の損傷や非常電源喪失といった事態に備える訓練はなかった。報道を見るかぎり、ロボットのような機材も備えていない。
ミサイルを並べたからといって中国の原発そのものが安全になるわけではない。日本の原発も防波堤を造ったからといって、想定以上の災害に襲われた場合のことを失念したので重大な結果になった。「原発事故は起きない」という神話を捨てて「事故は起きるが、制御する」という発想に転換することが必要だ。
菅直人首相が東海大地震を想定して浜岡原発の運転停止を要請した。大津波を防げる新しい防波堤が完成すれば運転を再開するのだから、発想の転換ではない。違うのは防波堤の高さだけだ。
運転再開が前提なら原子炉事故のためのロボット部隊を電力会社も、消防も、自衛隊も整備すべきだ。原発ロボット大国を目指すべきだ。(専門編集委員)
毎日新聞 2011年5月12日 東京朝刊