09年度に全国の児童相談所が対応した児童虐待相談は4万4211件と、統計のある90年度以降で最高を記録した。歯止めがかからない背景として、専門家は母親の孤立化を指摘する。2歳の娘を育てる私も思い通りにいかず戸惑うことが多い。そんな中で、名古屋市の親教育プログラムに参加して、完璧な親を目指すより、個々の問題への対処法を身に着けることが大切だと気づかされた。
■2歳の娘抱え戸惑う毎日
娘は何でも親の言うことに反対する「イヤイヤ期」まっただ中にいる。保育園に行く朝は、服が気に入らない、ご飯がうまくスプーンに乗らない、などをきっかけにダダをこね出す。必死になだめすかし、やっと玄関まで行くと「やだ」とおもちゃを広げる。「早くして」と声を荒らげてしまい、送った後は苦い気持ちでいっぱいになることもある。
そんな毎日の繰り返しだが、最近は少し気持ちに余裕がある。
以前は激しい感情の高ぶりに自分の違う一面を見るようで驚くことがあった。昨年春、丁寧に洗って出したイチゴを、フォークがうまく刺さらないことにかんしゃくを起こして放り投げられた時は、かっとして「何すんのよ」と叫んだ。自分がそんなことで腹を立ててしまったのがショックだった。心配で目が離せず、気も休まらなかった。虐待事件の加害者の気持ちなど理解できないと思っていたのに、自分との距離は遠くないのではと思うようになった。
そんな時、目にしたのが名古屋市子ども・子育て支援センターが開く「スター・ペアレンティング」と「怒りのコントロール」という2講座の案内だった。「今の自分には必要」と参加を申し込んだ。
スター・ペアレンティングは90年に米国で生まれた親教育プログラム。スター(STAR)は、立ち止まって問題を見つめ▽アイデアを考える--などを意味する四つの英単語の頭文字から取った。たたかず、甘やかさず、子育てする方法を学ぶ。
昨年5月に受けた講座は、グループごとに自己紹介の後、発達段階別の子どもの行動と対処法が示された。1歳半~3歳は自立心が宿る時期で、子どもはすぐ「やだ」と言うが、親は「従順でない」ととらず、自立と理解しなければならない。対処法は、子どもに代案を二つ出す▽子どもの感情を認める--など。子どもが物を投げたいなら、投げてもいいボールで外で遊ぶなど、アイデアを親が出す。
■グループ討論で対処法を学ぶ
「怒りのコントロール」では、自分が1週間で怒りを感じたことを発表し合った。入浴したがらない子への対処法をみんなで考える。「お風呂におもちゃを置く」「入浴剤を選んでもらう」などのアイデアが出された。スター・ペアレンティングで同じグループの30代の母親は「親だけの違う時間が持ちたくて参加した。子どもと離れて冷静に考えられる」と話した。
その後、娘がダダをこねたら、なるべく抱っこして「嫌なんだね」とまず感情を認めるよう心がけてみた。服を2着出して娘に選ばせてみたところ、選ぶことができて満足そうだった。私もそれまでよりイライラしなくなった。
こうした子育ての知恵は、かつては親子間や地域で自然に伝承されてきたものだろう。だが、娘を産むまで幼児を日常的に見る機会さえなかった私には、知らぬことばかり。核家族化や地域の人間関係の希薄化で、母親たちはどう対処したらいいかを学べず、気軽に相談もできなくなった。それが虐待増加の一因なのかもしれないと感じる。
スター・ペアレンティングの進行役も務めたNPO法人「子どもの虐待防止ネットワーク・あいち」の辻克美さんは「虐待の素因は誰にもある。女性は子育てができて当たり前という意識が社会にも女性自身にもある。しかし頑張って必ず成果が出るものではない。自分の思い通りにならない初めての経験をして、そのストレスが子どもに向かう」と指摘する。
虐待対策は、依然として相談受け付けなどが中心だ。だが、愛知県内の虐待電話相談員によると、「たたいてはいけないのは百も承知。では今どうすればいいの」という内容が多いといい、従来の対策には限界がある。
プログラムは近年、自治体などが積極的に開催し、人気を集め始めている。むろん、これが万能ではないが、「こういうことでいら立つよね」と言い合える場に加われただけでも、私は救われた気になった。虐待の悲劇を防ぐために、母親たちを孤立させない支援策が求められている。
毎日新聞 2011年4月28日 0時00分