亀井静香金融・郵政担当相が打ち上げた中小企業向け融資の「モラトリアム(返済猶予)」問題は、金融機関が融資返済の条件変更に努めることなどを内容とする「中小企業者等金融円滑化臨時措置法案」として今国会に提出された。「モラトリアム」という強烈な単語とは程遠い穏便な決着で、逆に効果への疑問の声もある。ただ、今回の騒動は、根本的には、銀行など金融機関が、やるべきことを怠ってきたことの反映だ。この法案を、あるべき中小企業金融への一歩にしてほしい。

 中小企業の現状は亀井氏が指摘するように、厳しい。昨年の「リーマン・ショック」以降、仕事が半分以下に落ち込んだ町工場などは、雇用調整助成金で辛うじて雇用を守っており、耐え切れず人員削減に踏み切るところも少なくない。そんな中で貸し渋り、貸しはがしで倒産、廃業に追い込まれる話も聞く。


 そこで、今回の法案の中身を確認しておこう。ポイントは、3年の時限立法で、
(1)金融機関に対し中小企業融資の返済条件の変更や借り換えなどに応じるよう努力を求める
(2)借り手が破綻(はたん)した場合の銀行の貸し倒れの40%を公的に保証する
(3)実施状況を金融庁に報告させ、その結果を公表する--など。法案に「返済猶予」の文字はなく、返済条件変更の中に実質的に含まれる。


 実はこの間の金融行政で中小企業金融はかなり改善されてきた。竹中平蔵金融相(02年9月~04年9月)時代、特にその前半は、金融機関の不良債権削減に極度に偏ったため、銀行などは自分が生き残るため、猛烈に貸し渋り、貸しはがしに走り、多くの中小企業がつぶされ、地域経済は疲弊した。これに批判が高まり、金融庁は03年、地域で中小企業と長期的・親密に取引するよう促す「リレーションシップバンキング(リレバン)」を打ち出した。融資先の経営が悪化しても安易に貸しはがしはせず、経営内容をよくみて、相談に乗り、経営再建を支援しろというもので、本来、金融機関が当然すべきことだ。その実効を上げるため、04年には金融検査マニュアルを改定し、中小企業向け融資の不良債権認定の基準を緩めた。

 さらに昨年11月に検査マニュアルを一段と緩和。返済条件変更を受ける中小企業について、「3年」で経営再建できないと不良債権としていたのを「5~10年」にした。

 こうした金融行政の流れの延長上に、今回の法案もある。「昨年の金融検査マニュアル改定は行政として思い切ったもの」(金融庁幹部)とされており、今回の法案は、新たな措置というより、既に出ている施策を後押しする程度のものという、やや冷めた見方が関係者の間では多い。

 金融行政で重要なのは金融機関の社会的役割(リレバンなど)と経営の健全性の両立。そこでは、護送船団・裁量行政との決別、透明性、客観性など、プラス分かりやすさが重要だ。この観点から、私は「金融アセスメント法」の制定が必要だと考えているが、今回の法案は、その一里塚と評価したい。

 金融アセス法は米国の「地域再投資法」を参考に立教大学の山口義行教授ら民間が提唱。中小企業家同友会全国協議会(鋤柄(すきがら)修会長)が100万人以上の署名を集め、全国1000超の地方議会で請願・意見書採択や決議がされている。こうした世論を背景に、民主党は「地域金融円滑化法案」という名称で民主党版金融アセス法案をまとめ、総選挙のマニフェスト政策各論にも同法制定を明記している。

 その内容は、
(1)地域住民、中小企業への融資、地域産業振興への貢献、支店網など利用者利便の増進などについて金融機関に報告させ
(2)行政はこれらの金融機関の地域への寄与の「程度」を評価し、公表する
 --のが柱。
 財務の健全性(不良債権の多寡など)に偏重しがちだった金融機関の評価をもっと総合的にするとともに、実績をできるだけ数量的に示し、利用者が銀行を評価・格付けし、選択できるようにすることで、金融機関の経営を監視する狙いだ。今回の臨時措置法案が、返済条件変更の実績報告を義務付けたのは、金融アセス法に通じるものといえる。

 日本経済再興は、環境や医療・介護などの産業育成が鍵を握っているといわれる。そうした分野では技術力があり、小回りも利く中小企業の役割が極めて大きい。

 金融機関経営者に言いたい。モラトリアムであれ、金融アセス法であれ、「金融機関がやるべきことをやっていないことの裏返し」(金融庁幹部)なのだ。企業再生支援機構の西澤宏繁社長(元東京都民銀行頭取)は「不良債権という呼び方をやめ、健闘債権、苦闘債権と呼びたい」と語る。同感だ。銀行経営者は今こそ意識を改革し、リレバンに本気で取り組まなければならない。


 
毎日新聞 2009年11月12日 0時14分