トイレはたったひとつ。イラクの小学校はトイレ不足に悩む=アルビル・ジャワヘリ小学校で05年
トイレはたったひとつ。イラクの小学校はトイレ不足に悩む=アルビル・ジャワヘリ小学校で05年

 


◇600人の学校に一つだけ

 イラクのトイレは日本と同じで、いわゆる和式タイプが多い。違うのは、イラクの男性はオシッコを立ってはせずに、しゃがんですることだ。

 バグダッドの下町で、車の陰にしゃがみこむオヤジを見かけた。ワイシャツをくるぶし丈まで長くしたようなアラブ服「ディスターシャ」を着て、すそをたくし上げてしゃがむと、大事な部分を隠したまま用を足せるのだ。

 それがイラク戦争後、立ち小便をする男の子が続出したという。米軍兵士がパトロール中に電柱などでやる姿を見てまねたらしい。「家でやられたら、オシッコが飛び散って困る」とバグダッドの主婦ライマ(30)は怒っていた。

 振り返れば、私の父も、同じことを母から言われていた。近年、家ではしゃがんでする日本のお父さんが増えたと聞くが、イラクのオヤジに言わせれば、それこそ「男の正しいトイレ作法」なのだ。

 イラクの女性や子どもにとってトイレは深刻な問題だ。まず、女性専用のトイレが少なすぎる。男性の場合、あちこちにあるイスラム寺院のトイレに駆け込めるが、女性用がない。

 町の食堂にはあるが、多くが男女兼用で、見知らぬ男性が隣に入られては女性にはたまらない。そこで登場するのが「トイレ番」だ。たいていは息子や小さな弟が入り口の前に立って、男性の立ち入りを防ぐ。私は通訳の男性にお願いしていたが、さすがに何度も頼めずに、水分を控えることとなった。

しゃれたカフェには女性トイレが。紙は使わず、左のジョウロを使って洗う=ドホークで05年
しゃれたカフェには女性トイレが。紙は使わず、左のジョウロを使って洗う=ドホークで05年




 子どもたちはもっと大変だ。アルビルの小学校では600人の児童にトイレは一つだけだった。「とにかく我慢」と彼らは言う。1年生の男の子が、終業の鐘とともに「トイレ」と猛ダッシュで帰っていった。復興支援に小学校のトイレ設置を強く求めたい。

 最後に笑い話をひとつ。イラク北西部のある村を訪ねたときのこと。のどが渇いた私は、つい日本語で「水、水!」と口走った。それを聞いた村の女性が私の手を引き、トイレの前へ連れて行く。地元のバディニ方言ではオシッコを「ミズ」と言うのだった。

 客間に戻り、水をいただく。ゴクゴクと飲み干した後、「ミズ・コゥエッシ! イェケディン!(オシッコは美味(おい)しい!もう一杯!)」と冗談を言ってみた。村人たちはおなかを抱えて大笑い。ちなみにウンチのことは「グムグム」といって、それっぽい。<写真・文、玉本英子>


 

 ■人物略歴
 ◇たまもと・えいこ

 1966年、東京都生まれ。豊能町在住。アジアプレス所属のビデオジャーナリスト。デザイン事務所を退職後、94年からアフガニスタン、コソボなど紛争地域を中心に取材。01年以来、イラク取材は8回を数える。

毎日新聞 2009年2月19日 地方版