■塀の中29年「ここで朽ち果てるしか…」 仮釈放遠く気力衰え


 短く刈り込んだ白い髪。作業着姿の男性(64)が桐(きり)だんすを組み立てる手には、深いしわが刻まれている。

 この手で、行きずりの女性の首を絞めた。現金を奪い、偽名で身を潜めたが、全国に指名手配され捕まった。強盗殺人罪で無期懲役。高いコンクリート塀に囲まれ生きて29年がたつ。

 「はっきり言って、ここでは死にたくないですよ」。濃尾平野の北端に建つ岐阜刑務所。面会した記者に話す男性の声は、早口で震えた。「だけど、娑婆(しゃば)で仕事したいと思う心は、体力が衰えた55歳で止まりました」。家族はなく、体も追いつかず、1人で生活する自信を失ったという。

 厳罰化を背景に、受刑者の収容期間は長期化し、特に無期囚の仮釈放は難しい。05年の刑法改正で、有期刑の上限が20年から30年に延びた。無期刑の自分が、30年以内に仮釈放される可能性は消えたと思っている。

 刑務作業を繰り返す日常。作業のない休日は写経をして過ごす。「何も考えないで済ましとくんですよ。うん、考えたって、しょうがねえんだもん」。自分に言い聞かす。「ここで朽ち果てるしか、ないんですよ」

   ◇  ◇

 岐阜刑務所は、殺人などの重大事件で服役2度目以上の受刑者が主に入る施設。3月末現在で、受刑者987人のうち21~83歳の無期受刑者が176人を占める。

 「そりゃあ、出たいと思うことはありますよ。けど、わがままだと自分に言い聞かせてます」。別の無期刑の男性(48)は、強盗致死罪で服役12年目。仮釈放は想像もできない。

 強盗事件で別の刑務所を出て1カ月もしないうちに、再び金目当てで民家に押し入り、殺すつもりはなかったが相手の命を奪ってしまった。生きていることがつらくなり、富士山のふもとの樹海をさまよった。大量の精神安定剤を飲んだが、死ねなかった。首をくくる踏ん切りがつかず、懸命に樹海からはい出した。

 今、灰色の塀の中から外につながる道は、さらに険しい。「60代で入ってくる人がいっぱいいる。何人が生きて社会に出られるか。そういう(仮釈放の)話には触れないようにしている」

 けんかでもして懲罰を受ければ、仮釈放は一層遠ざかる。「波風立てず、慎重に、慎重に暮らすんです」。会話が許される休憩時間も、気の合う受刑者同士がひっそりと集まる。

   ◇  ◇

 32年間を岐阜刑務所で過ごした男性が4月、職員に頭を下げ、門を出て行った。ここでは7年ぶりの無期受刑者の仮釈放だった。

 長期の受刑者は精神が不安定になる。睡眠剤の服用が増え、体を壊す。家族に縁を切られ、面会のない人間も多い。そんな中で、少しでも希望を持たせることが大事だと、玉田一博刑務官(49)は感じている。

 1人の仮釈放で、所内の「空気」が一変したという皮膚感覚がある。普段口をきかない受刑者が話しかけてきた。「どんな人間でも、出たいと思っている。光が見えて良かったです」。30年近く現場にいる刑務官が、少し表情を緩めた。

    ◇

 裁判員制度がスタートし、国民は、判決を言い渡した被告がどう償い、更生の日々を送るのかに関心を向けつつある。「塀の中」の受刑者らの苦悩や「塀の外」とを結ぶ人々の思いを取材した。=つづく


 ■ことば
 ◇無期懲役

 満期の定めがない。更生の意欲などが認められれば、刑法上は10年経過すれば仮釈放が許される。仮釈放されるまでの期間の平均は、98年が20年10カ月で、06年は25年1カ月。実質的に終身刑化しているとの指摘もある。無期受刑者の人数も増加傾向で、08年末は1710人。98年末の968人の1・77倍に増えている。




毎日新聞 2009年6月29日 東京朝刊







償いと更生の間/2 反省は本物か



■仮釈放、見極めの苦悩


 「刑務所から謝罪の手紙も出さない……。そんな人が、許されていいんでしょうか」

 東日本にある、官公庁の出先機関が入るビルの一室で、母親が訴えた。暴走する乗用車に、小学生の一人息子を奪われた。

 受刑者の仮釈放の可否を審理する地方更生保護委員会。委員が母親の声に聴き入る。加害者の家族からも謝罪はないという。

 委員は後日、加害者の若い男性と刑務所で向き合った。事件が遺族にどう影を落としていると思うか。問いかけへの答えは「分からない」。真っ先に「遺族におわびしたい」という言葉が出るべきだ。仮釈放は、不許可になった。

   ◇  ◇

 <受刑者には、仮釈放目当てで、形のみ手紙を出す人が多い>

 <出たらまともに生活できない者ばかりで、本人もそれを知ってるのに、とにかく出たいの一点張りです>

 今も無期懲役の受刑者で「人を殺すとはどういうことか」(新潮社)を1月に出版した美達大和さん(49)=ペンネーム=は、記者にあてた手紙につづった。約15年刑務所で過ごし、30人余りの無期受刑者と接してきた感想だ。この間、1人だけ仮釈放が認められたが盗みで捕まり、6カ月で戻って来たという。

 受刑者の更生は本物か--。判断の難しさを、中国地方更生保護委員会(広島市)の委員を務める山田恭子さん(61)は「振り子が振れるよう」と表現する。広島県職員として長年、児童虐待や高齢者福祉に携わってきた経験を買われ、昨年4月に就いた。

 法相に任命される委員は全国に63人。3人1組で合議する。

 刑務所から届く身上調査書など1人分で数十枚に上る書類に目を通したうえで、受刑者と一対一で面接し、一緒に合議する他の委員に意見を報告する。過去の犯罪をどれだけ悔い、更生に向かっているか。山田さんは「勝手にイメージを作り上げない」と自戒する。

 刑務所からの仮釈放申請は07年で1万8128件。委員1人で年間300人近い受刑者に会う。正解のない決断を絶えず迫られる。「最終的には自分がどう思うか。きついです」

   ◇  ◇

 6月。新しい畳のにおいのする部屋に、梅雨入り前の日が差し込む。府中刑務所(東京都府中市)の専用棟「誠心寮」。傷害罪で服役した男性(30)が仮釈放を控えていた。

 仮釈放の2週間前から、ここで暮らす。居室にカギはなく食堂やトイレへの出入りは自由。長期間服役した人は電車に乗りデパートへ行く機会もある。社会の移ろいを知るためだ。

 事件を起こす前の雇い主は「休まず働くなら」と再就職を認めてくれた。「家のことは心配するな」。毎月手紙をくれた父が、出所の日に迎えに来る。「照れくさいけど、謝ってお礼を言いたい」。男性ははにかんだ。

 仮釈放に当たって更生保護委員らは、被害者の処罰感情も強く意識する。かつて、被害者遺族に受刑者の仮釈放を伝えたら、水をかけられた保護観察官がいたという。それでも、山田さんは、仮釈放という仕組みは必要だと感じている。「(社会への)ソフトランディング(軟着陸)は、受刑者の再犯を抑止するのでは、と思うんです」=つづく

 


 ■ことば
 ◇地方更生保護委員会

 全国に8カ所あり、刑務所長からの申し出などを受け、受刑者の仮釈放の是非を審理する。刑務所から届く生活歴などの身上調査書や、保護観察官が帰住先を調べる環境調整報告などの書類を読み、受刑者への面接を経て可否を決める。仮釈放が決まった場合、残りの刑期には保護観察が付き、保護司との面会などが義務付けられる。



毎日新聞 2009年6月30日 東京朝刊






償いと更生の間/3 一時保護施設
 


■父娘再出発を橋渡し


 東北地方のJR駅前。昨年の夏、刑務所を出たばかりの40代の男性は、駅前のファストフード店に入り、ハンバーガーをむさぼるように食べた。薄着の女性に戸惑う。見るものすべてが、様変わりしていた。

 11年前の冬。金銭のもつれから、離婚したばかりの元妻をナイフであやめた。懲役11年の判決を受け、昨夏、約半年の刑期を残して仮釈放が認められた。帰る家も、仕事もない。一時的に住まいを提供してくれる更生保護施設に入った。

 ハローワークで探した勤め先では、「前」を隠した。履歴書の11年の「空白」。いつばれるか、不安がつきまとう。仕事ぶりを気に入ってくれたのか、取引先の社長に呼ばれた。前歴を見破るような物言いに「10年勤めてました」と初めて明かした。「まじめに働くなら面倒見るぞ」。社長が刑務官をしていたことを、その時知った。

 事件の時は幼かった長女も、中学生になっていた。親子でありながら、加害者と被害者遺族という立場。娘が暮らす児童養護施設に連絡を取ると、会ってもいいと返事があった。塀を出て、1カ月後のことだ。「母さんのこと、ごめんな」。娘は黙って泣いた。

 更生保護施設の施設長は、仕事のことなど何でも相談に乗ってくれた。今年2月に刑の満期を迎え、施設長が探してくれた職場近くのアパートに移った。

 「お父さんと一緒に住みたいけど、嫌?」。長女からうれしい提案があったのは5月のことだ。「仕事と住む場所が落ち着き、これで娘を自信を持って迎えることができます」。男性は記者の取材に笑顔で答えた。出所後に施設で地道に再出発を図れたことで、長女とも歩み寄れたと考えている。

  ◇  ◇

 更生保護施設は、鳥が羽を休める「止まり木」に例えられる。罪を犯した人間が、一息つき、社会の縁から再スタートを目指す。

 大阪市の更生保護施設「和衷会(わちゅうかい)」で約2カ月過ごした男性(50)は6月、市内のアパートで1人で暮らすようになった。窃盗で、3度捕まっている。

 施設にいた時に見つけたアルバイトの日給は約7000円。4畳一間の家賃は、3万8000円。生活は、楽ではない。

 ただ、今は仕事があるだけ、ありがたいと思う。「これからは、仕事の後のビール1杯が楽しめる生活ができればいい」。アルバイトの面接には38人が臨み、採用されたのは自分だけ。厳しい現実を目の当たりにした。

  ◇  ◇

 「住まいがない、職を失う、金が底をつく。再犯の3要素です」。東京都新宿区の「斉修会」施設長で、法務省OBの松本明久さん(67)は指摘する。

 大半の出所者は前歴を隠し職を探す。過去を知られないよう、同僚や地域に深入りしない。家族と縁を切られた孤独感。自らを律しなければ、家も職も失い、金も尽きる。

 自立を促すため、更生保護施設からは原則として6カ月以内に出ることが求められる。松本さんは言う。「出所者はゼロ以下から始まる。施設を出てからが本当の勝負です」=つづく


 ■ことば
 ◇更生保護施設と再犯


 更生保護施設は引受先のない刑務所出所者らを一時的に保護する施設。法相の認可を受けた法人が運営する。就職による自立を前提に、出所後原則6カ月まで、宿泊場所や食事を提供し、更生指導や就労援助などの社会復帰支援を行う。年間の利用者は約1万人。受け皿拡大のため、法務省は国営「自立更生促進センター」を全国に設置する方針で、29日に北九州市で初めて開所した。07年の犯罪白書によると、再犯率は出所後に就職できた受刑者は8%だが、無職者は40%に上り、就労と再犯の相関が確認されている。


 

毎日新聞 2009年7月1日 東京朝刊