■「殺意感じたこと、幾多」 国・自治体、対応急げ
だれでも年をとって寝たきりになれば、だれかに介護してもらう。逆に、年をとった親、長年連れ添ってきた妻や夫を介護する立場になることもある。
介護保険を使おうが、在宅介護の「柱」はやはり家族である。そこで由々しき事態が続発している。介護に行き詰まったあげくの無理心中や殺人事件だ。
3月の「くらしナビ」面で連載した介護企画「家族が危ない」で在宅介護の現場を取材した。悲劇の手前でもがく家族の実情にぞっとした。このままでは悲劇が続くだろう。介護される側だけでなく、介護する側の手厚い支援を急がなければならない。まずは、あらゆる手を尽くし、介護家族の実態を調べるべきだ。
「自分がなぜ介護をするのか?」。介護保険スタート前年の99年に出会った60代男性の言葉だった。男性の母はその数年前に脳内出血で倒れ、半身不随になった。男性の子は独立、妻はパート勤めのため、実子である男性が母の介護を引き受けた。生活が一変した。「自分がなぜ……」。半年間考え続け、それは大きなストレスになった。
男性と同じ立場の家族は多い。「家族の介護は当たり前」。そんな周囲の目が気になる。責任感もあり、だれにも相談できず追いつめられていく。やがて、心身ともに疲弊していく。親や配偶者が変わっていく姿を見るのは何よりつらい。
取材で会った東京都荒川区の神達五月雄(かんだついつお)さん(47)は父がうつ病の後、認知症にもなり別人のようになっていくなかで介護した。朗らかな父を尊敬していた。「介護で手を上げてしまった時は我に返って後悔した」。経済的な不安で心もささくれ立つ。神達さんは父の死後、歩行困難な母(80)の介護、知的障害のある弟(41)の世話のため会社を辞めた。自宅で保険代理店を営むが、収入は激減した。
神達さんのような介護家族のストレスを推し量るデータがある。神奈川県秦野市が07年度、自宅で家族を介護している同居家族523人に聞き取りをしている。その結果、2人に1人に軽度以上のうつ症状がみられた。さらに、介護が5年以上だと、軽度以上のうつ症状が増える傾向にあった。「想像以上に高い数字。うつ症状を増やす特異な事情は市内になく、秦野市だけの傾向とは言えないと思う」と市は分析する。
家族構成も変わった。「かつて介護者の隣に健康な介護者がもう1人ぐらいはいた」と言うのはNPO法人「高齢社会をよくする女性の会」の樋口恵子理事長(76)だ。だが、状況は急変した。「老夫婦2人や、親と独身の子供の核家族などが増え、家族の介護力が落ちた。家族をあてにした現制度そのものを見直す必要がある」
国民生活基礎調査もそれを裏づける。65歳以上のいる世帯で「3世代同居」の割合は95年の33・3%から06年の20・5%に下がっている。逆に「夫婦のみ世帯」は5・3ポイント増の29・5%、「親と未婚の子のみの世帯」も3・2ポイント増の16・1%と高まり、介護家族の孤立化は進んでいる。
NPO法人「介護者サポートネットワークセンター・アラジン」の牧野史子理事長(54)は提言する。まず自治体が、介護する家族の体や心の健康を診断し、経済状況も調べる。休息が必要なこともあるだろう。そのために、要介護者を預ける緊急対応のショートステイの仕組みをつくり、家族に安心して休んでもらうという案だ。
実は現行の介護保険制度の枠内にも、介護家族をサポートする「家族介護継続支援事業」がある。そのメニューには「介護する家族のヘルスチェックや健康相談」という項目がある。だが、この事業の実施は市区町村に委ねられ、07年4月時点で「ヘルスチェックや健康相談」をした市区町村は1割に満たない。
秦野市の家族のストレス調査も介護保険の枠内で実施している。聞き取りをしたのはケアプランづくりで家族とつながりのあるケアマネジャーらだ。だが、それでさえ、保険料アップなどへの懸念から二の足を踏む自治体は多い。
だったら、国が市区町村と協力し、介護保険とは別枠で実態を調べる道を探ればいいではないか。国と自治体がタッグを組めば、工夫次第で予算のやりくりはできると思う。介護者同士が助け合うネットワークづくりが全国的に広がっており、行政が手をこまねいていていいわけはない。
連載を読んで、認知症の母(93)を6年間介護しているという60代の女性からお便りをいただいた。「--精神的に余裕もなく、自分もがんで倒れた。ヘルパーに助けられたりして今に至るが、幾多、殺意を感じたことか……」
対応を急がねばならない。
毎日新聞 2009年4月21日 東京朝刊