「性器が歩いている」と表現した方もいます。どぎつい口紅などをつけられようものなら、電車に乗っていても、道を歩いていても興奮のために硬直しっぱなしなどということにもなりかねません。話す口、食事を摂る口、キスする口。まさか腐った食べ物を好んで食べる人はいませんが、その口に清潔とは言い切れないペニスが挿入されることに憧れる男性がいてもちっとも不思議ではありません。それが証拠にAVに必ず登場するのがフェラチオ(男性性器を口で刺激する行為)です。「そうされることで彼女の愛の強さを感じる」といった男性がいますが、強要されて悩んでいる女性に対しては「嫌なことは嫌と言ってもいいのだよ。それでも強要する男性がいたらこちらから願い下げよう」とアドバイスすることにしています。
ところが最近、米国の研究によって、フェラチオと口腔癌には深い関係のあることが明らかにされました。第102話ではHPV(ヒト乳頭腫ウイルス)が子宮頸癌の原因として注目されているとの話を紹介しましたが、このHPVは皮膚や粘膜の存在するカラダのあらゆる部位に感染することが徐々にわかってきたのです。例えば、口、咽頭、舌、扁桃、腟、ペニス、肛門など。HPVには80を超える型分類があって、中でも16型と18型が子宮頸癌の95%以上を占めていると言われています。このタイプのHPVが口腔癌の危険を増大させるのです。
ジョンズホプキンス大学のモーラ・ギリソン博士は、口腔癌と診断された100人と健常者の血液と唾液を採取するとともに、性交経験、性交相手の数、オーラルセックスの経験、HPVに感染したことがあるかどうか、喫煙、飲酒歴などについての比較研究を行っています。その結果、HPV感染者の口腔癌のリスクは、かつて感染したことがないと回答した人の32倍、特にHPV16型に感染したことのある人では58倍、喫煙、飲酒経験のある人では約3倍と高率でした。性交経験との関連を調べたところ、1~5人のフェラチオ経験をもつ人では2倍、6人以上では2.5倍もリスクが高くなっていました。ギリソン博士は「口腔癌のリスク因子にフェラチオによるHPV感染を加える必要がある」と語っています。また、キスによるHPV感染のリスクについても否定できないとしています。
わが国でも子宮頸癌予防を目的にHPVワクチンの開発が進められていますが、これは性交経験前の女子に接種することを前提にしているもの。今後は男性に対するワクチン接種を真剣に検討する必要がありそうです。私たち自身が当面取り組める口腔癌予防についてですが、性器結合だけでなくフェラチオでもきちんとコンドームを使用することを心掛けてください。「ゴム臭がイヤ」という方にはオレンジ味、イチゴ味、バナナ味のトロピカルコンドームがお勧めです。女性性器を覆うラテックス製シートがあるってこと、ご存じでしたか?

毎日新聞 2007年9月6日