(承前)












2 日韓協約二条三項の規定の意味

 

  同協約は二条三項において「2の規定(在日韓国人の財産についての例外)に従うことを条件として、一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益であってこの協定の署名の日に他方の締約国の管轄の下にあるものに対する措置並びに一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対するすべての請求権であって同日以前に生じた事由に基づくものに関しては、いかなる主張もすることができないものとする」と規定した。この規定は「財産、権利及び利益」と「請求権」の問題について、日韓両国が外交保護権を相互に放棄したものである。

 

 3 「財産、権利及び利益」と「請求権」の区別
  右に言う「財産、権利及び利益」とは、合意議事録2(a)により、法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利をいい、それ以外の「請求権」とは、実体的権利とはいえないいわゆるクレイムを提起できる地位をいうことが、日韓両国で了解されている。

 

 4 措置法による「財産、権利及び利益」の消滅

  右のうち「財産、権利及び利益」については、1965年12月17日の措置法により国内法的にも消滅した。この措置法は日本国憲法に違反するものではない。

 


 5 「請求権」の消滅


  右のうち「請求権」については、クレイムはそもそも国内法上は根拠のないものであり、クレイムを提起できる地位は個人ではなく国家のみが有するから、韓国が外交保護権を放棄したことにより救済される余地はなくなり、最終的に解決した。

 

 6 したがって、韓国の被害者個人が日本で訴訟を起こす権利は否定されることはないが、我が国の裁判所において、その請求が認容されることはない。

 

 7 このように日韓協定により一審原告らに対する賠償の問題は日韓協定により解決済であるから、国会が立法義務を負う余地はない。また、柳井条約局長らの答弁も前記の趣旨で一貫しているから一審被告らが不法行為責任を負うこともない。

 

 

 

 

 二 これについて、一審原告らの認否と反論を必要な範囲で述べる。

 

 1 日韓協定二条一項について


 日韓協定二条一項に前記の文言のあること、それが無償3億有償2億の経済援助の約束と並行して締結されたことは一審被告の指摘の通りである。


  ちなみに、一審被告が「膨大な金額の資金援助」という無償3億ドルは当時の為替相場で1080億円にあたる。これは、日本人への戦後補償に費やされた約42兆円(恩給法、援護法による給付)の0.25%に過ぎない。さらにその1080億円の無償資金のうち被害者の補償に使用された金額は5.4%にあたる58億円に過ぎなかった。


  また、一審被告は「韓国側が請求権を始めとする多くの問題について、日本側の立場と相いれない主張をなすにいたって、短期交渉の見通しは完全に失われるにいたった」というが、会談の当初において紛糾の最大の原因となったのは、今日の政治家の妄言の原型ともいうべき、植民地支配に対する反省の欠如した久保田首席代表の発言をめぐってであった。


  そして、一審被告もわざわざ主張しているように(準備書面一三頁)、日本国は「賠償の性格を持たない経済援助」によって国家間の賠償が最終的に決着したという非論理的な説明を、当時も現在も行っているのである。侵略と植民地支配への謝罪と賠償を怠りこのような曖昧な解決を行おうとしたことが、戦後55年経過した今日に戦後補償問題を残す禍根となったのである。

 

 

 

 

 2 日韓協定二条三項の趣旨


  政府が個人に代わってその請求権を消滅させる協定を結ぶことはできない。一審被告の主張の通り、日韓協定二条三項は個人の権利を消滅させるものではなく、外交保護権の相互放棄を定めた規定にすぎない。


  このことは実は協定締結当時から日本政府は十分に意識していた。当時の外務省外務事務官の谷田正躬は日本国民の在韓財産について次のように説明している。


「協定二条3の規定の意味は、日本国民の在韓財産に対して、韓国の執る措置または日本国民の対韓請求権(クレーム)については、国が国際法上有する外交保護権を行使しないことを約束することである」…「その財産権の消滅はこの協定によって直ちになされるのではなく、相手国政府の行為としてなされる」(甲六五号証六四頁)

 

 

 

 

 3 「財産・権利及び利益」と「請求権」の区別について


1) 一審被告の指摘の通り、日韓協定の文言のうち「財産、権利及び利益」とは「法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利をいう」と合意議事録に規定されている(乙一四号証一六二六頁)。


  しかし、「請求権」の定義については右の合意議事録や付属文書には何の規定もない。したがって、「それ以外の『請求権』とは、実体的権利とはいえないいわゆるクレイムを提起できる地位をいうことが日韓両国で了解されている」との一審被告の主張(準備書面一四頁)は事実に反する。右の主張は一審被告ないし、一審被告の引用する解説者の解釈にすぎず、その根拠も明らかでない。


2) ところで、外交保護権とは私人が他国の国際違法行為によって損害をうけた場合、その属する本国がこれを保護する国際法上の権利である。そして外交保護権行使の要件として国籍継続の原則とともに国内的救済の原則がある。すなわち、事前に被害者である私人が加害国の国内法上利用できる一切の国内的救済手段をつくしていなければならないのである。(以上は国際法の概説書には必ず記載されているところであるが、さしあたり、山本草二「国際法 新版」六五四頁以下、田畑茂二郎「国際法新講 下」五〇頁以下)

 

  したがって、一般の場合には外交保護権の行使が可能な段階であれば、国内的救済手段はつくされているはずである。すなわち、被害者の請求権は、結果的に、加害国の国内法上(実体法または手続法の)根拠をもたなかったことになる。この場合には「財産、権利及び利益」=国内法上に根拠をもつ権利、「請求権」=国内法上に根拠をもたない外交保護権によってのみ救済される権利、という一審被告の分類もそれなりの理由がある。

 

3) しかし、国内的救済の原則には例外があり、被害を受けた私人が自らの自由意思に基づかずに相手国の管轄下にあった場合には右原則は適用されない(田畑前掲五三頁)。本件の一審原告はすべて欺罔または強制により大日本帝国の領土または軍占領地域に連行されて被害を受けたのであるから、国内的救済の原則は適用されない。したがって、一審原告らの場合、外交保護権の行使が可能であるかという問題と請求権に国内法上の根拠があるかという問題は何の関係もなく、前記の一審被告のような分類は不可能である。

 

4) 日韓協定にいたる両国間の交渉の経緯においては、日本人(法人を含む)が韓国に残してきた土地所有権、工場設備などの財産権の処理が大きな問題となった。日本はこれらの財産権により韓国側の請求権を相殺することを強く主張したのである。


  「財産、権利及び利益」との文言は直接的にはこのような日本人の在韓財産の処理に向けられたものであった。これは、前掲谷田正躬が二条三項の説明の大部分を日本人の在韓財産の帰趨についての説明に充てていることからも伺うことができる。


  右の経緯に照らせば、「財産、権利及び利益」とは、土地所有権や工業設備などを典型例とする、存在の明らかな物権や確定した債権をいい、「請求権」とは協定締結当時必ずしも権利の有無が明確ではなかった権利を指したと解するのが妥当である。


  すなわち、存在が明らかな物権や債権については、両国が国内法により相手国、及び相手国民の権利を消滅させ、相手国はこれに対して外交保護権の行使をせず、自国民に相応の補償を与えるという形式で解決するが、存在が明確でない権利については、外交保護権を放棄してとりえあず国家間の関係についてのみ解決することにしたのである。

 

5) 実は、日本政府も右と同様に解釈し、その旨国会答弁を行っている。


  すなわち、1993年5月26日の衆議院予算委員会において、宇都宮真由美議員の質問に対して丹波寛外務省条約局長は次の通り答弁している。

 

 「御承知のとおり、この第二条の三項におきまして、一方の締約国が財産、権利及び利益、それから請求権に対してとった措置につきましては、他方の締約国はいかなる主張もしないというふうな規定がございまして、これを受けまして日本で法律をつくりまして、存在している実体的な権利を消滅させたわけでございますけれども、まさにこの法律が対象としておりますのは、既に実体的に存在しておる財産、権利及び利益だけである。


…例えばAとBとの間に争いがあって、AがBに殴られた、したがってAがBに対して賠償しろと言っている、そういう間は、それはAのBに対する請求権であろうと思うのです。しかし、いよいよ裁判所に行って、裁判所の判決として、やはりBはAに対して債務を持っておるという確定判決が出たときに、その請求権は初めて実体的な権利になる、こういう関係でございます。」(甲六四号証)


  右の答弁に従えば、一審原告らの損害賠償請求権も判決等により確定したものではなく、典型的な「請求権」に属する。

 

 

 

 


 4 措置法による「財産、権利及び利益」の消滅について


 一審被告は措置法は前記「財産、権利及び利益」を消滅させたものであると説明し、その合憲性について、るる主張する。一審原告らは同法の合憲性について一審被告と見解を異にする。しかし、前記のように一審原告らの損害賠償請求権は「財産、権利及び利益」ではなく典型的な「請求権」に該当するから、この問題は本件の争点と直接関係がない。したがって、ここではこの問題は論じない。


  ただ、一審被告の右の主張の中に、戦争被害は本来憲法の予定しない問題であるとの主張があるが、これは明らかに誤りであることだけを指摘しておく。2000年11月7日付準備書面で主張したように、日本国憲法は侵略戦争と植民地支配の50年の反省の上に、その抜本的改革を意図して成立したものであり、戦争被害は「予定しない問題」どころか、憲法の中心テーマともいうべき問題だったのである。

 

 

 

 

 5 「請求権」の消滅について


 一審被告は「クレイムは国際法上は個人が直接加害国に請求できる権利ではなく、あくまで国家のみが請求できるにすぎないものであって、発生したクレイムを加害国の国内法上の実体的な請求権に転化させることにつき国家間で合意した場合でない限り、当該個人が受けた被害の填補を加害国に請求できるのは国家に限られる」(準備書面一四~一五頁)から、韓国が外交保護権を放棄したことにより一審原告らの「請求権」は救済される余地がなくなり、原告には訴権は認められるが権利自体が認められることはありえなくなったなどと主張する。 


  一審被告のこの主張は、一審被告が別の訴訟に証拠として提出した小寺彰意見書を出典とする(甲六六号証二四頁)。


  国際法上の請求権に基づいて個人が加害国に請求できるかとの問題について、一審原告らは右の意見書と見解を異にするが、この議論も本件の主要な争点と関係がない。


  なぜなら、一審原告は韓国の外交保護権を代わって行使しているのではなく、国内法により国内法の手続によって請求しているのであって、本件は個人が国際法上の主体たりうるかという議論の適用場面ではないからである。一審被告の前記主張は国際法上の議論と国内法上の議論を故意に混同させて惑わそうとするものに過ぎない。


  一審被告が典拠とする右の意見書においても「もちろん、クレイムの発生原因が同時に加害国の国内法上、当該被害者に実体的な権利を付与する場合も想定される。しかし、これはあくまで各国国内法の問題であり、それが国際法上クレイムであることとは理論的には別の問題である。」(甲六五号証二三頁)と明記されているように、外交保護権の放棄によって国内法上の権利が消滅する理由など何もない。


  また、一審原告らに訴権があるのは当然であって、一審被告のいう「訴権はあるが裁判で認められることのありえない権利」などという概念は無意味である。


  一審被告も引用する国会答弁も「慰謝料請求等の請求が我が国の法律に照らして実体的な根拠があるかないかということにつきましては、これは裁判所で御判断になることだと存じます」と述べ、別の機会にも同旨の答弁を繰り返して、この理を認めている。

 

 

 

 

 (乙一七号証)


  宮澤首相は1992年1月に訪韓した際、従軍慰安婦問題について「非常に心の痛むこと」であると「謝罪」した。そして同年3月21日の参議院予算委員会において、国と国との関連においては解決済だが、個人との関係については「訴訟の行方をみまもってまいりたい」と答弁した。(甲六四号証)


  仮にこれが「訴権はあるが裁判で認められることのありえない権利」との認識の下にされている答弁であるとすれば、政府が訴訟の行方を見守る目的は単に時間が経過して被害者がいなくなるのを待つためだけであったということになる。これは、高齢の被害者にとって余りにも残酷な対応であり、まさに一審判決の指摘とおり一審原告らの苦しみを際限のないものにしているのである。

 

 

 

 

 6 以上のように、日韓協定は「請求権」についての外交保護権を予め放棄したものに過ぎず、「請求権」は措置法によっても消滅していない。


  したがって、一審原告らの被害に対する補償・賠償の問題は日韓協定によって何ら解決されていないから、日韓協定は国の立法義務を免除する何の理由にもなりえない。


  また、前記のように日本政府は日韓協定締結時から、これが外交保護権の放棄を意味するにすぎず、個人の請求権を消滅させるものではないことを十分に認識していたが(甲六五号証)、その後日韓協定により韓国人被害者個人の賠償請求権も消滅したとの誤った解釈を繰り返し流布し(一審被告準備書面もそのひとつである)、韓国人被害者に著しい苦痛を与えてきたのである。
                                    





以上

 

 

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