第10話 ネッシーの涙 その1
突然の宣言だった。
ママがダイエットを始めるという。
ママ曰く、「これでも若い頃は、さきよりもきれいだったのよ。」
誰も見てないのだから真偽のほどは確かではない。
ただ、美人の娘の母親なのだから、まんざら嘘ではないとは思う。
ママは、感化されやすい。
ママは、言い出したら聞かない。
ママは、小さなことをとてつもなく大きくする。
ママは、騙され易い。
ダイエットの話をし始めたときもどうせ誰かに吹き込まれたんだろうと皆が思っていた。
実際、仲のいいスナックのママがそのダイエットをしていて、ちょっと効果が出たという話を大げさに話したのだった。
耳つぼダイエット。
当時、聞きなれなかったそのダイエット法は、耳に針のようなものを打つことで
食欲が減退し、摂取カロリーを控えることで結果ダイエットになるというもの。
皆が反対した。
費用も高かったし、あまり成功例も聞いたことがない。
当時は怪しげな宗教や健康食品の類が横行していた時代。
「そんなダイエット聞いたことないし。」
「健康的ではないんじゃないの?」
「やめときなよ。」
「やせなくっていいじゃん。もう。」
皆が口々に反対する。
余談だが、人がダイエットをするっていうと、反対されるのはなぜなんだろう。
その言葉はママの闘争心に火をつけた。
しかも、「もう」ってところがママの琴線に触れたらしい。
「やってやろうじゃないの。」
母親とはいえ、さきは女としてのライバル。
まだまだ女としても現役である(と思ってる)ことに皆、気がついてなかった。
失礼極まりないが、当時若かった我々からすると、「もう」だったのだ。
「じゃあさ、もし成功したら、5階建てのビルから飛び降りるよ。俺。」
「俺は10万だす。成功したら」
その場にいたお客さんが、ママのダイエット成功などありえないと信じ、いろんなものを賞金として提案した。
「ははは、成功するわけないじゃん。そんなわけの解らないダイエットで」
私も呆れ顔でそういっていた。
マ「佐藤君は何してくれるんね。」
「そうね、僕なら・・・ネッシーの涙でも採ってこようかな」
ご存知とは思うが、ネッシーとはイギリスのネス湖に生息するといわれる未確認生物のこと。
生存してるかさえ確認されていない生物の涙を、成功の暁にはプレゼントするという約束を場ののりでしている僕がいた。
つづく。