第5話 端っこの客
広島ではスナックのことをスタンドとよぶ。
もしかしたら細かな区別があるのかもしれないが、その店はそうなのっていた。
決して立ちのみではない。
大阪ではスタンドってきかなかったから、地域限定なのだろう。
どの地域でそう呼ぶのか知ってる人いたら教えて欲しい。
システムはセット2750円。(時代に応じて値上がりはしたよ)
ボトルはダルマと呼んでたサントリーオールドが一番やすく5000円だった。
あとは何時間いても値段変わらず。
カラオケ一曲200円のみ。
当時はレーザーディスクを自分で取り出し、裏表を確認して
機械にセットするタイプ。
歌いたい人は灰皿に沢山の百円玉を入れておくのがルール。
七時から一時までが営業時間でたまに盛り上がると三時ごろまで開いていた。
「ただいま。」
僕が疲れた声を絞りだす。
マ「おかえりー!。」
百倍のテンションで、ちょっとだみ声気味のママの声がかえってくる。
ママはさきのほんとのおかあちゃん。
さきにもましてママは豪傑だ。
椅子に腰掛けるとさきがおしぼりもってくる。
さ「いらっしゃい。つかれたじゃろ。なんかたべてきた?」
矢継ぎ早に聞かれる。
「ううん、何も。キクヤでかつどんとってや。」
何も食べず、何も飲まず、一番最初にこの店に来ることが多かった。
さ「ママ、佐藤さんキクヤのカツ丼だって。」
マ「またカツ丼ねー。たまにははちまきの弁当にしんさい。いろんなもんがはいっとるんじゃけ。」
ママはぼくの本当のお母さんよりずけずけと僕にはいってきては、
ずばずば言いにくいことも言ってきた。
僕だけじゃなく、広島の夜には欠かせないちょっと怖い感じのお兄さんにさえそうだった。
だから、ここではいつもみんな丸裸だった。
あ、精神的にだよ。
いいことも悪いことも他の人には内緒のこともここでは全部白状してた気がする。
注文が決まると夜の電話帳で調べて電話する。
通称「夜電」。飲食店専門の電話帳があった。
インターネットという言葉すらなかった時代。
店まで配達してくれる店をこの本でよくさがしていた。
なかでもキクヤのカツ丼はカツ丼フリークの僕がお薦めする一杯。
ママのお勧めは、はちまきのお弁当おかずが沢山でボリューム満点だった。
端っこにいつも陣取り、店でいつも出前のご飯食べてるさきの先輩。
「あれ、だれだ?」
「例の、ほら・・・」
いつのまにかこの店のお客さんで僕のことを知らない人はいなくなった。