イデオロギーとアイデンティティーここ最近、中国の行く末が気になってしょうがない。昨日も今日も遅い昼飯を食べながら雑談していると、気がつくと中国の話になっている。僕らが普段なにげなく当たり前だと思っている常識と呼ばれる感覚の多くが東洋思想から派生しているのは間違いないし、その思想の根幹の多くが中国大陸経由で渡ってきたのはどんなナショナリストでも認めるところだと思う。孔子や墨子は言うに及ばず韓非子なんか現代でも十分使えるLIFE HACKのTIPSが満載だし、歴史を遡ってみれば、漢民族が残した数多くの文書と寓話が教えてくれる事柄に尊敬と感謝の念を抱かないものは東アジアでの文明の恩恵を受ける資格がないと言っても過言ではないと思う。がしかし、いや、だからこそ現在の中華人民共和国と呼ばれるグロテスクな組織は一刻も早く解体するべきだ。そもそも中華民族という言葉自体が孫文が抗日勢力を結集するためにつくり出した造語であり、中華人民共和国はその名前の通り、攘夷のためのナショナリズムとそれに真っ向から相反するコミュニズムというイデオロギーの矛盾を内包してしているのだ。中国共産党はイデオロギーという化け物に翻弄されるがまま文化大革命に代表される文明に対するテロ行為で彼ら自身の誇るべき貴重な思想と文明を再起不能なほどに破壊した。いや、コミュニズムに傾倒するのであればその究極の敵であるナショナリズムの芽を摘むために自己と自民族のアイデンティティーをことごとく破壊するという行為は、純粋に目的を果たしただけなのかもしれない。その結果、彼らは尊い文字を失い(現在の中国で使われている漢字は毛沢東主導で略式化され元の字の造りすら解らない)、尊い文化を歪め(現在の中国の干支は権力の象徴である龍がパンダに置き換えられている)、希薄化したアイデンティティーを補填するためにチベットやウィグルに代表される辺境の少数民族を弾圧する。そしてイデオロギーが行き詰まり市場開放へと転換すると、巨大な国家を牽引する核を失い、それを補填するためのナショナリズムの再構築の安易な手段として、仮想敵国として日本を利用している。形だけのひとつの中国にこだわるより、自己の歴史と文化に真の意味での誇りを持つことのほうが遥かに重要なのではないか。そして、彼らの歴史上、現在の中華人民共和国とやらを構成する地域と民族が漢民族主導で一つの国家であったことなどどの時代にもただの一度もないのだ。中華人民共和国という組織は解体しなくてはいけない。そしてそのタイミングと方式を誤れば血で血を洗う事態に発展する危険を孕んでいるのは、かの国の歴史を紐解けば一目瞭然だ。団塊の世代には中国贔屓が多いと聞く。ならば今一度、本気であの国とそこで生きる人々のことを考えてみて欲しい。そして、どうソフトランディングをするべきか知恵を出し合ってほしい。自分がなし得なかったイデオロギーなどという幻想を誰かに追わせるのはもう止めるべきだ。と、天声人語風に書いてみました。
ネイビーNAVYがなぜバカなのかって?答えは簡単。バカだからNAVYにしかなれねぇんだよ。綱紀粛正なんかしたって無駄に決まってんだろ。世界中でバカにされているアメリカ人からもバカにされてんだから。ま、奴らホンモノのバカだから気づいてないけど。官房長官か外相が文句言うって息巻いてるけどIQ200のコンドリーザ・ライスは何て答えるんだろうな。結局、高い金払ってタチの悪いごろつき雇ってるのが悪いんだよ。いいこと考えた。毎年荒れる成人式を米軍キャンプ前とかでやればいいんじゃん。新成人には大人の厳しさを、米兵にはウミンチュ魂を知ってもらういい機会かも。まー、でも、このタイミングはちょっときな臭いけどね。
毒餃子終わってる組織というのは特有の傾向があって、その典型的な一例として中国政府をみると色々と勉強になる。そもそも現在の中国の経済力を支えているのは、戸籍を出身地によって“都市籍”と“農村籍”に分け、農村籍の人間の居住や就労を厳しく制限する出身地差別政策が生み出す、低賃金の労働力だということを忘れてはいけない。これは現代のアパルトヘイトに他ならないがその非人道的な政策がもたらす驚異のコストパフォーマンスに我々も含めた周囲の諸国も恩恵に与っているので公に糾弾されることはないだろう。はっきりと認識するべきだ。中国の食品は買ってはいけないし、売ってはいけない。何故ならそれを作っているものたちの多くはどうしようもなく無知で貧困で劣悪な環境で搾取されていることに怨嗟の声をあげることもできずにスケープゴートとして日本を憎むことだけが許されているからだ。国内で流通する情報は完全に統制されていて、海外旅行ができるような"この制度の恩恵に与っている"富裕層以外には真実は知らされることはない。誰がどこで毒を混入したのかわからないのは管理能力と道徳心の甘さを露呈しているだけなのだから、はっきりしないなら丸ごと買わなければいい。長引けば長引くほど不利になるということを隣国のよしみで身を以て教えてあげればいい。重要なのは、誰がどこで毒を混入したのかよりも、そういう背景とリスクが現実にあることを我々が今一度認識し、そういうものを売買するのかしないのかということだ。
風邪ひいて考えた風邪をひいた。昔は風邪をひく時って大体原因としてわかりやすいイベントがあったもので、暖かくしてしっかり寝てればみなぎるパワーと共に復活したもんなんだけど、、、30代も半ばにくるとなんかダルいと思って前の日の酒が残ってんのかなとか思ってたら突然発熱しやがって、着膨れするぐらい重ね着していても寒いし朝から晩まで寝ていても全然疲労感とれないしで、もうこのまま直んなくて衰弱して死ぬんじゃねーかとほほほとか思ってたらなんとなく良くなったようななってないような実にうやむやな感じで直りました。で、考えてみると、おれって疲れてるんだなと。なぜ疲れているのかという哲学的な問いに対してあえて誠実な解を返そうと努力するならば、多分ふつうのサラリーマンエンジニアがやらないようなところにまで触手を伸ばしているからで、なぜそこまでするのかと言えばそれは自分が携わった仕事に関しては胸を張って結果までコミットしたいからなんだと思う。で、その結果、すげー疲れてますと。もうちょっとどうにかなんないかなとも思うけど、結局こういうやり方しかないだろうなとも思う。だって芳しくない結果が出たときに自分の責任分界点とか力説して貧乏くじ引くのをかわしたり悪条件と努力を並べ倒して傷なめ合って自賛したりするのって、もうなんというか不毛すぎんじゃん。結果を出すしかない。その肚をくくるためにこういう生き方してると思うとわかりやすい。その上で無駄に気ィ張りすぎないようにこういうキャラ設定にしてるという。。。これらの一連の自己形成プロセスを今更ながら自己確認してみるために、風邪という不定周期に忘れた頃にやってくる鈍い苦痛を伴うこのイベントはまんざら使えなくもないなと。
国技だからムカつくんだよこういう酷い事件が明るみに出てるのに、場所は続くし部屋も名前も存続しているのとかってどうにも納得いかないんだよね。日本の伝統ってそういう甘っちょろいものなんでしたっけ。こんなのが国技だからなめられんだよ。国が。再発防止委員会の一人がインタビューされて「いま対策を考えてる」とか逆ギレしてたけど今考えてる時点で終わってるし結果として改善案が出てない時点でもうTHE ENDなんだよ。自ら軌道を律し修正できない組織は外的な介入によって是正せざるを得ない。そして外的な力の介入は往々にして組織そのものを壊す。そういう時期にきてんじゃねーのか?おれはああいう奴らを育んだ土壌には断じて誇りを持てないし、それを世の中が伝統と呼ぶのならその伝統とやらごと潰して欲しい。おれは誇りを持って日本人だと名乗りたいし自分の息子にも誇りを持って日本人だと名乗ってほしいからああいう奴らとその予備軍とそれを育んだ組織が国の字を冠に配した組織として存続するのを容認できない。もうモンゴルでやればいいじゃん。朝青龍財閥主催で。いらねーだろ、この国に。
Air ブログネタ:世界一薄いノートパソコン 参加中角度にもよると思うけど、やっぱこの薄さはただ事じゃないよ。毎度ながら、別に必要ないけど欲しくなる何かを十分に持ってるな。週末、実物見てこよ。MacBook Air
アメリカは本当に死んだのか僕は若い頃、アメリカは凄いと思っていた。エアロがいてガンズがいてジャニスがいてジミヘンがいてハーレーがあってアップルがあってつまはじき者がヒーローになれる国だと思ってた。でもカートコバーンは教えてくれた。クソだめだからこそ、そこに咲いた花が美しくみえるのだと。もし人種差別がなかったら、キング牧師もマルコムXもいなかっただろうもし嘘つきばかりじゃ無かったら、ワシントンは別に褒められなかっただろうもしベトナム戦争が無かったら、ジョンレノンはただの気違いだっただろうそう考えたら、商業ロックが無かったら、カートコバーンもトレントレズナーもただのヘロイン中毒者だな。911以降のアメリカは、通り魔にあってから突然過剰防衛になった人道主義者のようだ。戦争したいならすればいい。石油が欲しいなら奪えばいい。ネオコン? 原理主義? 別にどうでもいいよ。でも、被害者面してなんでも正当化するのはどこぞの隣国とかぶってむちゃくちゃ格好悪い。つーかダセー。だから僕は、もうアメリカは死んだんだと思って納得することにした。もう随分前の話だ。オバマが輝いてみえるのはきっと今、彼がいる場所が本当にクソだめだからだろう。アメリカは本当に死んだのかああいう人間が出てくるということはかろうじて息をしているのかもしれない。というか、そう願いたい。どうでもいいがひからびたババァの泣き落としはやめて欲しい。クソすぎて笑える。
walk baby walk人間の足というのは裸足で歩けるようになっても靴を履いて歩くにはもう一つ越えなければならない壁があるらしいことを、一歳の誕生日に玩具のようなNIKEの靴を履かせて歩かせてみて初めて気がついた。この間仕事の打ち上げの後に思わず衝動買いしたひとまわりサイズの大きなオレンジ色のGAPのダウンジャケットに身を包み、時折強く吹く風にひらひらと舞い降る銀杏の葉の中で、クリーム色に枯れた芝生の上に積もった薄黄色の銀杏の葉の上をたどたどしく歩いては転びまた歩き出すその姿は、形容する言葉がすぐには思い浮かばないほど愛おしかったりする。ベイビー、お前の目の前の荒野はオレが全部切り開いてやるから何も心配しないでただ全力で歩け。そんで疲れたら、お前だけ特別にオレの女の乳首吸っていいぜ。