今日の夕飯は、旦那の同級生と、うちら家族の行きつけのお好み焼き屋に行きました。
その旦那の同級生は、7、8年前に過失致死事件を起こし、今も裁判中。
当時の精神鑑定結果や、相手の持病と致命傷の因果関係等、色々と難しい問題があり、
裁判も長引き、最高裁まで行っている。
五年ほど前は、拘置所の独房に一年間収監され、かなり体調を崩したんだけど、
突然釈放され、もう今は元気。
現在は仕事もして、普通に暮らしているけど、裁判所の決定によっては、
突然明日に刑務所に送られる、なんて可能性もあるらしい。
だから、結婚も出来ないし(彼女いないけど)、先の展望が見えないのが、とにかく一番つらいと言う。
とても温厚で、子ども好き。
まぁ、旦那の友達なぐらいだから、テキトーな人間だけど、まぁ、ご愛嬌。
数ヶ月に一度ぐらい、うちの娘を交えてご飯を食べに行きたいと連絡が来る。
注目されている裁判は、どんどん結審していく。
だけど、彼の裁判は長引くばかりで、その間、彼の生活はどこか欠けたものになってしまう。
本人は、さっさと刑務所に入って、刑期を終えたい、と言っている。
もちろん被害者側の方にとっても、この時間は地獄だろう。
でも、加害者側の彼にとっても、この時間は、ある意味刑期だと思う。
なんかね、この友達と会うと、人間って、刑務所の塀の上を歩いてる、そんな気分になるんだ。
刑務所の中に転げおちるか、うまく落ちずに、一生塀の上を歩き続けられるか。
人間の罪って、いつ犯してしまうものか、誰にも予想出来ないものなのかも。