自分でそう思う理由はいくつかあるが、、。

○科目による差が激しい
○未だに商法や一般知識に手を伸ばしていない
○過去問の位置付け考え方に気がつくのが遅かった
○六法を利用する大切さや意味合いに早い段階で気がついたり理解できなかった。

上記が改善されないうちは、脈はないとは思っている。

だけれど、ある程度試験まで、合否は考えないで緊迫状態の中で、求めることによって、今後の自分の勉強の能力と方法を絞りだす。単に楽をして知恵はでないし、能力もあがらない。
毎日の緊張と極度のなかでしか身につけられないことも多分あるんじゃないかなと思う。

あと2ヶ月、10月までで勝負は自分でわかってるんじゃないかと思う。

あと3ヶ月しかないが3ヶ月もある。

どうやったらギリギリまでかつ本気で絞りとれるかだ。

やるとこまでやって燃え尽きればそれはそれでいいと思う、自分を伸ばす絶対のチャンスだ。
真剣にやって得たことのみが自分の身に残るはずだ。

オイラにとっては絶好のチャンスだ。まだまだ試行錯誤と能力訓練だ。ビビることはない。機会が与えられているということは素晴らしいことだ。有り難いことだ。

機会を求めても与えられない人は世の中に沢山いる。沢山の悔し涙が人知れずあるだろう。

だから機会があるならそれは大切なことだ。有り難い。

まだまだ自分に鞭打って絞りとり高めてみたい。

多分まだまだ出来るはずだ。出来るようになるはずだ。限界を決めちてしまったらそれ以上は伸びなくなってしまう。
4月から勉強を初めてはや4ヶ月。ほぼ毎月のように勉強のやり方を修正してきた感じだ。そしてまた今回の軌道修正。常に試行錯誤のまっただなかだ。勉強のやり方がわからなかったから必然的にそうなった。毎月その時々では必死だった。今から考えれば無駄な事も沢山あったが、その時々で一番自分が大切だと思えることをやったつもりだ。だから後悔しても仕方のない。

軌道修正によって勉強のやり方は変わるだろうが、想いや取り組む気力は方向性としてそれほど変わっていない。

軌道修正、落胆と希望と、、これからも大局的には方向性はかわらない。

何かを得るには、叩きのめされ落胆し、絶望もし、頭がまっ白になり、冷や汗をかき、省み、乗り越える過程がないと多分駄目なのだろう。。

精々今を苦しみ、そこから何がえられるかわからないけど、何かを求めてる。

苦しみの中で、何を得て、何をうしなうのか、自分でもよくわからないが、自分の必要としている自分だけの何かを求めてることだけは間違いなく確信できる。
何時からだろう。。勉強途中で潰れた。。帰るか。。。片付けなきゃ。。