偉大な人は世の中に沢山いる
その人の功績そのものが偉大だったり価値ある場合もあるけど、偉大だと言われるゆえんは、自分と向き合って努力したことなんだろう。きっと自分と向き合いたかったんだろう。たぶんそうせざる得なかったのかな。自分の中の何かを見つけて掴みとりたかったんだのだろうかとおもう。
例えば、植村直己氏もそういう人の一人なんだと思う。


http://m.youtube.com/watch?desktop_uri=http%3A%2F%2Fwww.youtube.com%2Fwatch%3Fv%3D404ju_auQ80&v=404ju_auQ80&gl=JP
行政書士。。いつか時がきたら、その時にはケリとケジメはつけなければならない。

とにかくそれ以前の自分自身の心の反省といろいろな準備をしなくてはならない。

再びの勉強の時がいつになるかわからない。今はわからない。

頭の悪い俺だから次の勉強のチャンスが巡ってきたら、もっともっと努力しなければ到底合格点はもらえない。


とにかく次の機会がいつになるかわからない。ただ将来確実にケリをつけなきゃならない時は生きていればくるはずだ。


大袈裟じゃなく自分には本気で難しい試験だと思っている。

まずは次の勉強の機会がいつ巡るかわからないが、そこまでたどり着かなくてはいけない。。

私自身の勉強はストップしていますが、みなさんのブログは時間の余裕のあるときには、見ています。一緒に勉強していたみなさんが、オイラの、行政書士合格の先輩になってくれたならオイラは凄く嬉しい。

私はまず勉強のスタートラインに立てるよう日々を努力していくしかない

今は自分を失いつつある。

とにかく今年の目標はしかたない。生活を変え正すことにした。
目標といっても自分の場合は当たり前のことが出来ないので、当たり前のことをまずちゃんと出来るようになることになる。

規則正しい生活をし、食事をとり、賭け事とは縁を切る。もっとなんでもないことに感謝できるようになっていかないとだめなんだろう。
体調が悪ければ病院にもいくと素直になれればいいが、ここは本気でいやなので出来るだけ悪くならないような生活にしてみよう。

足元を固めて、それを徐々に広げていくのが遠いようでいちばん正しいのかもしれない。

たぶん人よりは失敗の数は多い。それでも仕方ない。それが自分なんだから。まずしっかりした自分の生活を作ったり、作りながらまた勉強したいならしてけばいい。

とにかくいい加減な生活をしていてもダメだ。もう何度も何度も失敗してきている。

とにかくこれを改めるのに自分を作っていかないことには5年10年と時間があったところでなんの資格も身につかないんだろう。

自分を産まれ変わらせていかなくてはダメだ。。

毎日が懺悔のつもりで生きて、生活を見つめ直すしかない。

素直に自分を見つめて言葉にして自分を反省して厳しくしていかなくてはだめだ。

失なった自分を探すしかない。